ネパール評論

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マオイスト親政,平和革命への序曲か?

制憲議会が,大方の予想に反し,何もきめられないまま,5月27日をもって任期満了・解散となった。暫定憲法も予想しない,異常事態である。

任期満了の1時間前(午後11時頃),バブラム・バタライ首相は閣議を開き,ポカレル副首相(UML),カプン大臣(RPP)など非マオイスト大臣の反対で同意が得られないのを押し切り,一方的に,11月22日に新しい制憲議会構成のための選挙を実施することを決定した。

この決定には,NC,UML,マデシ権利フォーラムなど,マオイスト以外のほぼすべての政党が反対している。いや,そればかりか,マオイスト内急進派のバイダ派ですら,反対声明を出した。いまや政府与党は,プラチャンダ=バブラム主流派マオイストだけである。

制憲議会が任期満了で自然消滅した場合,統治はどうなるのか?

■憲法
現行「暫定憲法2007」は,新憲法が制定されるまで効力を有する(前文)。したがって,憲法自身,予想していなかった事態とはいえ,無法状態にはならない。
■大統領
新憲法が公布施行されるまで在職する(第36条)。
■司法(最高裁)
最高裁長官任期は6年だが,大統領任命であり,当面,存続に支障はない。
■首相
一般に,議会解散の場合,次の議会で新首相が選任されるまで,現首相が任務を継続する。が,今回は異例であり,そうした憲政の常道に当てはまるかどうか微妙。
 ・暫定憲法はこのような形での制憲議会再選挙をまったく予想していない。
 ・マオイスト主流派単独で,一方的に,11月22日選挙を決定した。

以上のことを考え合わせると,現状では,最も正統性があるのが司法(最高裁),次に大統領であり,首相には正統性はほとんどない。この状態でバタライ首相が統治し続けるなら,それは「マオイスト親政」と考えてよいであろう。

このマオイスト親政に対し,NC,UML,マデシなどは,より正統な権力である司法(最高裁)と大統領をつかって抵抗を試みるであろう。最高裁に11月22日選挙実施決定を違憲と訴え,大統領には法令認証署名拒否を働きかける。あるいは,暫定的な大統領統治を要請するかもしれない。

いずれにせよ,議会という民主的正統性の根源が消滅したのだから,よほどうまくやらないと,大混乱は免れない。マオイスト親政は国王親政よりもましかどうか? NC,UMLは,マオイストの力を借りて国王親政を打倒したが,では,マオイスト親政になった場合,南の誰かの力を借りることなく,この新たな親政を打倒できるか否か?

あるいは,マオイストは,巧まずして転がり込んできた絶好のチャンスを利用し,人民民主主義=マオイスト独裁を達成できるか否か?

マオイスト登山隊がエベレストに立てた赤旗は,あるいはマオイスト平和革命開始の世界へ向けての宣言であったのかもしれない。

▼ 2012/05/27 エベレストに赤旗,マオイストの快挙

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/05/28 at 19:05

マオイストの憲法案(2)

1.人民民主主義憲法の宣言――前文
マオイスト憲法案は,「ネパール人民連邦共和国憲法2067(2011)」というタイトルの通り,人民民主主義を原理とし,社会主義の実現を目標とする。共産主義・毛沢東主義を党是とするマオイストの憲法案だから当然だが,イデオロギーの終焉社会に微睡む私たちは,ついこのあまりにも当然の大前提を忘れがちだ。自戒したい。

(1)民定憲法
前文は「われらネパールの主権者人民は」で始まる。主権者人民の定める民定憲法であり,現行暫定憲法と同じだが,表現はアメリカ憲法そっくりだ。

(2)ナショナリズム
前文の最初にくるのが,ナショナリズムの規定。「国家の独立,主権,地理的統合,国民的統一,自由,尊厳を維持し」と宣言している。万国の労働者の団結を目指すはずの共産主義なのに,ナショナリズム丸出しのショービニスム憲法案だ。

(3)人民戦争賛美
次に憲法案前文では,マオイスト人民戦争による封建王制打倒が賛美され,「人民連邦共和制」をその成果として確認している。暫定憲法では,「人民運動」の成果として確認されているのは「競争的多党制民主主義」である。この違いは大きい。原理的対立であり,妥協は困難である。

(4)社会主義
人民民主主義が憲法の原則となれば,当然,ネパールは「社会主義」による「無階級社会」の実現を目指すことになる。前文では,「半植民地的・半封建的体制」廃棄によりこれを実現していく,と宣言している。

現行暫定憲法前文には,むろん,こんな崇高な目標は宣言されていない。これも原理的対立であり,妥協の余地はない。

(5)労農階級の指導
社会主義となれば,当然,プロレタリア独裁となる。マオイスト憲法案には,「国家諸組織における労働者階級の指導的役割を保障する」と宣言されている。これも,暫定憲法の原則とは相容れない。

(6)連邦制
連邦制は現行暫定憲法でも宣言されているが,マオイスト憲法では,あらゆるカースト,民族,地域の「自治」と「自決権」を認める,と詳細かつ具体的に述べている。

その一方,「国家の地理的統合を維持し,国家の多カースト・多言語・多文化多地域的な多様性を制度化する」と欲張っている。カースト,民族,言語,宗教,文化,地域の自決と国家統一の両立がいかに難しいかは,インド・カシミール問題や中国チベット問題を見れば,一目瞭然だ。暫定憲法前文は,ここまで大胆な連邦制は述べていない。

(7)恐怖のプロ独憲法案
前文の結び部分になると,突然,「多党競争政治」が出てくる。さらに,市民的権利,経済的権利,定期的選挙,言論出版の自由が保障され,女性,ダリット,ムスリムらに対するあらゆる差別の廃絶が宣言されている。

あまりにも欲張り。何でもありだ。人民民主主義・社会主義と多党競争政治が両立しないことは明白だ。無階級社会になぜ政党が必要なのか? 

あるいは,基本的人権にしても,前文にはないが,本文にはおびただしい「但し書き」があり,実際には何一つ保障されていないに等しい。いやそればかりか,憲法案であるにもかかわらず,ご丁寧にも「スパイ罪」まで規定されている。

マオイストの19編274か条に及ぶ詳細な憲法案は,たいへん意欲的であるが,それだけにかえって恐ろしい,プロレタリア独裁憲法案なのである。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/02/27 at 16:05

マオイスト=UML,7項目密約

マオイストが土壇場で首相選挙を降りUMLカナル議長支持に回ったのは,両党(ないしプラチャンダ派とカナル派)の間で政権担当の密約(取引)が成立したからである。秘密協定だから内容ははっきりしないが,どうやら次のような取り決めらしい(ekantipur, Feb7)。

■マオイスト=UML7項目合意
 1.包摂民主主義により社会主義を実現。
 2.新憲法を制定し,共和制・連邦制を実現。
 3.マオイスト戦闘員からなる独立の部隊を設立。
 4.権力分有。諸政党代表からなる高レベル諮問会議の設立。
 5.共同綱領の制定。
 6.マオイストとUMLが交代で政権運営。
 7.以上に合意し,マオイストはUML首相候補に投票する。

この7項目合意が事実だとすると,プラチャンダ議長の圧勝ということになる。

第一に,社会主義ということは,人民民主主義を目指すということ。多党制とは相容れない。それをカナル首相は呑んだ。

第二に,マオイスト戦闘員だけの部隊を設置することは,マオイストが強く要求してきたこと。実質的に国内2軍隊となり,プラチャンダ議長の権力はむしろ強化される。

第三に,マオイストとUMLが交代で政権を運営すること(政権たらい回し)になれば,実際にはマオイスト優位の体制が出来てしまう。

もしこの密約が維持されれば,カナル首相は形だけで,実権はプラチャンダ議長が握り,マオイスト体制になっていく。しかし,もしUML内反カナル派が抵抗し,そこにNCやマデシ諸派が加勢することになれば,アナーキー状態になってしまう。

いずれにせよ,今後の流れを決するのは,マオイスト戦闘員(人民解放軍)だけの,あるいは彼ら主力の国軍部隊を設置できるかどうかである。減員され1万人前後となっても,それだけの精鋭部隊の実質的指揮権を保有することになれば,プラチャンダ議長の実権は揺るぎないものになるであろう。

もう一つ気になるのが,見え隠れする中国の動き。われらが「人民評論」によると,「新政権は中国の贈り物」だという(People’s Review, Feb8)。マオイストやUML幹部が足繁く訪中していたことは周知の事実。もともと同じイデオロギーを持ち,親中・反印も共通の二大共産党の連立政権であり,中国接近は自然な成り行きである。これをインドや国軍がどこまで許容するか? これも難しい問題である。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/02/09 at 09:31

プラチャンダの平和,なるか?

マオイスト拡大中央委員会(Plenum)は,今日27日閉会する。プラチャンダ議長の最終運動提案はまだ公表されていないが,2011年5月28日までに「人民連邦民主共和国憲法」が制定できなければ,人民蜂起による権力奪取を目指すというものになるようだ。
マオバディ・プレナム

ネパールは,6月30日のマダブクマール・ネパール首相の辞任表明以来,暫定政府の統治を続け,首相選挙は16回に及んでいるが,憲法起草実務は着々と進んでおり,原則さえ決定すれば,それに応じた条文を備えた新憲法がただちに公布施行できるはずである。ネパールの法実務家の能力はたいしたものだ。

しかし,肝心の憲法の原理原則が定まらない。この調子で首相選出ができず,2011年1月15日UNMIN撤退となれば,バイダ副議長の人民蜂起の目が出てくる。プラチャンダ議長もその可能性を認め,保険を掛けているので,人民戦争再開となるかもしれない。

もし人民戦争再開となれば,今度は,インドがもっと本格的に介入し,それに対抗して中国も北方からの進出(侵出)を図るだろう。大変なことになる。

プラチャンダ議長は,「人民民主主義憲法」を要求している。十分に過激な主張であり,NCやUMLに呑めるとは思えない。インドも認めない。難しい事態になるかもしれない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2010/11/27 at 19:18

キランvsプラチャンダvsバタライ

マオイストは、11月21日からゴルカのパルンタールで第6回拡大党大会を開催する。その党大会には、プラチャンダ議長、キラン副議長、バブラム・バタライ副議長の3指導者が、それぞれ運動方針案を提出する。ところが、党大会以前にこれが党外に漏れ、各紙が取り上げ、けんけんがくがくの議論を始めた。機密じゃじゃ漏れ。ネパール・マオイストも民主的になったものだ。

1.キラン副議長
左翼過激派は、キラン(モハン・バイダ)副議長。彼によれば、主敵の米帝は今やふらふら、世界革命の客観条件は熟しつつある。ネパール人民にとっては「インド膨張主義」と「ネパール反動勢力」が当面の敵であり、これらをまず殲滅しなければならない。

したがって、マオイストが「人民政府」を解散し、「人民戦争」終結宣言を出したのは、誤りであった。今後は革命的諸勢力の人民統一戦線を強化し、人民蜂起・人民戦争による「人民連邦共和国」の建設を党の運動方針とすべきである。

ところが、プラチャンダ議長は、人民蜂起・人民戦争を棚上げし、右派機会主義者に屈服している。彼は修正主義に傾いている。

2.バブラム・バタライ副議長
バタライ副議長によれば、革命は街頭運動・制憲議会・政府機関の3つを、この順で優先順位を付けつつ、利用すべきであるにもかかわらず、プラチャンダ議長はこれを理解せず、そのため党活動が混乱し革命は前進していない。街頭運動で圧力をかけ、政府機関に浸透しつつ、運動を進めていくべきだ。

また、革命戦略と行動計画は、内外の権力バランスを考慮して作成されなければならない。ネパール人民の敵は、「インド膨張主義者に支援された国内反動勢力」である。バイダ副議長のように「国内反動勢力」と「インド膨張主義者」を丸ごとネパール人民の敵とするのは誤り。「インド膨張主義者」がネパールを直接攻撃しているわけではない。

また、プラチャンダ議長のように王党派との協力を考えるのは、マオイストの立場を害するものであり、誤りである。

3.プラチャンダ議長
プラチャンダ議長によると、ネパールは、革命と独立を目指す勢力と、それらに背を向け「外国反動勢力に屈服する勢力」とに二極分化しつつある。

問題は、党幹部たちの対立。リーダーたちに規律がなく、派閥抗争、分派の動きがあり、運動目標の実現を妨げている。

革命運動は、内外の情勢を見てバランスを取ることが必要だ。街頭運動・制憲議会・政府機関の3戦線作戦は誤り。議会と政府機関を通して運動を進め、進歩的憲法を制定することを目指すべきだ。

4.三極構造の妙
三極構造はもっとも明快な安定した権力構造であり、マオイスト党内が三極構造に落ち着くのは、ごく自然な成り行きである。

急進派のキラン副議長と穏健派のバタライ副議長の二極を、プラチャンダ議長がどうまとめるか? プラチャンダ議長とは話したことはないが、近くで見ただけでもカリスマ性を感じさせる指導者だ。しかも、天性のネアカ。急進派を牽制しつつ、平和構築を進めて行くには欠かせない人物だ。

マオイストが分裂し、収拾のつかない内戦が始まると、たいへんだ。ここはネアカのプラチャンダ議長の政治的手腕に期待したい。

* “Maoist top guns agenda for plenum,” Himalayan News Service, Nov. 12.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2010/11/13 at 18:14