ネパール評論

ネパール研究会

Archive for 6月 2014

新舟60,鳥と衝突

運行開始したばかりのネパール航空「新舟(MA)60」が鳥と衝突した。6月30日朝,ビラトナガル着陸直前に右エンジンに吸い込まれたらしい。機体は小破したが,ほぼ満席の乗客は全員無事だった。

鳥との衝突は珍しくないし,また機種名が「現代の箱舟(Modern Ark)」だから鳥が救いを求めて飛来したというわけでもあるまい。が,いずれにせよ危険な事故にはちがいなく,何より間が悪い。ネパール航空も中国の航空関係者もヒヤッとしたであろう。大事故にならなくて,よかった。

140630 ■新舟60(NAC-FB)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/06/30 at 20:29

カテゴリー: 経済, 旅行, 中国

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京都の米軍基地(49):YWCAの抗議・要請書

日本YWCAが6月27日,内閣総理大,防衛大臣,外務大臣,駐日米国大使あての抗議・要請書を提出した。
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京都府京丹後市に米軍高性能レーダー「Xバンドレーダー」基地建設工事強行に抗議する要請書
                                          
       日本YWCA  会長 俣野尚子 総幹事 西原美香子 / 2014 年 6月 27 日
 
5 月 27 日、在日米軍と日本政府防衛省は、京都府京丹後市に位置する経ヶ岬 に米軍Xバンドレーダー基地の建設工事を強行しました。・・・・・・

私たちは次のことを強く要請します。
  1.Xバンドレーダー基地建設を即刻、中止すること
  1.京丹後市の基地を撤去し、続いて沖縄やその他の基地の撤去すること
  1.地元住民の人権を侵害する日米地位協定を廃止すること
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■⇒要請書全文,または要請書全文

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/06/29 at 11:04

京都の米軍基地(48):低調な市議会審議と「安心安全」の陥穽

関西初の米軍基地の建設が始まった。歴史的大事件なのに,地元京丹後市の議会審議は,いたって低調。しかも,反対派も含め,議会全体が「安心安全」に取り込まれ,足をすくわれつつある。

「安心安全」は,例外状況の「危機」を中心に据える議論であり,安易に「安心安全」を要求すればするほど,権力の思うつぼ,監視・管理は強化され,「1984年の丹後」が現実のものとなる。増派警官は誰を監視するのか?(下記京都新聞記事参照)

そもそも,経ヶ岬米軍基地にやってくるのは,米日インテリジェンス(情報,諜報)のプロ。そんなものを相手に,善意丸出しで無警戒に「安心安全」を要求すれば,米軍人・軍属ではなく住民自身が,日常生活ばかりか,頭の中まで丸裸にされ,四六時中監視されるのが落ちだ。

相手は,非日常=危機のプロ。日常生活の常識が通用するはずがない。この点については,後日,改めて考えてみたい。

平成26年定例会(6月12日)【47分:クリック再生】
 田中邦生議員(日本共産党)
  米軍レーダー基地配備計画は撤廃せよ
  (1)住民説明会で「安心安全」の確保ができたとは言えない
  (2)米国防省の予算書にある環境影響評価について
  (3)工事計画の詳細を明らかにすべき
  (4)京都府の申し入れ(5/20)について

議員全員協議会(6月16日)【60分:クリック再生】
 3 協議事項
 (1)米軍基地(経ヶ岬通信所)設置に伴う再編交付金の考え方等について

平成26年6月定例会(6月13日)【6分:クリック再生】
 金田琮仁議員(清風クラブ)
  3 市民生活を活かす、環境の整備について
 (1)重大な犯罪が地方でも発生している。峰山駅周辺では、夜間は特に物騒だ。防犯、治安対策として、防犯カメラを設置しては

[補足」議会での 防犯カメラ設置要請は,米軍基地問題とは直接関係はない。しかし,基地設置に伴う「安心安全」強化大合唱の中での防犯カメラ(監視カメラ)設置要請は,治安・公安の観点からは,当然別の意味をも持ちうる,と考えるべきであろう。

【参照】「潮風が香る。山手の棚田が美しい。京丹後市の袖志地区。丹後三文殊の一つ、九品寺を参拝していると、ほどなく警察車両が近づいてきた。「観光ですか」と問われる。九品寺の隣は、米軍基地の建設予定地。5月下旬から工事が始まり、府警が警護を強化しているという。のどかな初夏の集落が揺れる。・・・・」(京都新聞2014年6月25日

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/06/28 at 15:31

新舟60フライトと中国債枠倍増

1.新舟60フライト開始
ネパール航空(NAC)が,中国政府供与「新舟60(Modern Ark 60)」のフライトを開始した(ネパール各紙)。
  フライト:カトマンズ ⇔ ビラトナガル,バドラプル,バイラワ,ダンガディ
  料金:他社の約半額 (カトマンズ-ビラトナガル:3505ルピー)
  パイロット:当初は機長中国人,副機長ネパール人。

いつものドタバタだが,報道通りだとすると,意外に早く営業フライトには入れた。さすが,ネパール。
 [参照]飛行機プレゼント,中国政府飛べない「新舟60」飛行機,パソコンから日用品まで中国製

140627e■MA60(西安飛行機HP)

140627a■ネパール航空

2.中国債枠倍増
一方,ネパール政府と中国政府は,人民元建て中国債の年間購入枠を現行の12億元から2倍の24億元(372億ルピー)に拡大することに合意した。ネパール政府が中国債の購入を始めたのは,昨年から(Himalayan, 25 Jan)。

ネパール政府の外国債購入は,インド国債が1070億ルピー,米国債が143億ルピー。中国国債は新規枠いっぱい購入すれば,インド国債にはまだ及ばないが,米国債より多くなる。中国国債は配当が4%ほどで有利だというのが表向きの理由だが,実際には,おそらくそれだけではあるまい。そのへんの事情はよく分からない。

140627d ■ネパール中央銀行

3.トンガと中国とネパール
ネパールは,上記のように,急速に中国経済圏に引き入れられつつあるが,ここで参考になるのが「トンガ新舟事件」。産経ニュース記事によれば,概要は以下の通り(「札つき『危ない中国製航空機』に追い詰められる『トンガ王国』」2013.8.19 )。

トンガでは,ニュージーランドの航空会社が国内便を運行していたが,2013年,中国の「新舟60」無償供与をきっかけに,中国系新会社「リアルトンガ」が設立され,「新州60」や「運12(Y12)」による国内便運行を始めた。ネパール航空同様,当初はパイロットも技術者も中国支援。リアルトンガHPでは,いまも中国製2機種のパイロットと技術者が募集されている。

140627b140627c■リアルトンガのMA60(同社HP)

このトンガの動きに怒ったのが,ニュージーランド。産経記事によれば,ニュージーランド政府は,トンガでの新舟60利用は危険だと警告し,観光開発援助820万ドルの供与を停止してしまった。

ニュージーランド政府の対トンガ強攻策は,表向きは新舟60の危険性だが,その背景にはトンガへの中国の津波のような急進出があるという。いまではトンガの対外債務の6割以上が中国。インフラの多くも中国援助。人口10万人のトンガに,中国人が数千人住んでいるという(「中国系トンガ人」も含めて数千人か?)。

当然,トンガ有力者と中国側との癒着が進み,様々な腐敗もはびこってくる。産経記事によれば――

「今年[2013年]5月にはオーストラリアのABCラジオが、王族系企業に中国の不透明な金が流れているとの民主化団体の告発を伝えた。また英BBCは7月、雨が降ればあふれて道路脇の家に流れ込む側溝や、冷房や維持費がかかる大仰な建物などを現地の気候や事情に配慮しない援助を報じている。・・・・
 トンガからの報道によると、リアルトンガは8月に入ってから新舟60の運行を開始した。操縦にはトンガ人とともに中国人もあたっているという。国際機関からの認証を得たとしているが、ニュージーランドが警告を発するなかでの運行開始。小さな王国に贈られた「危ない飛行機」はいまや、政治的にも危険な飛行機になってきた。」(同上)

人口超大国中国が,経済的にもアメリカをしのぐ超大国に生長し,世界各地に「進出」するのは必然だとすれば,産経記事の指摘するような問題は他でも大なり小なり起こっていると見てよいであろう。

ネパールは,国境を接するだけに,中国の経済進出への対応はいっそう難しい課題となるであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/06/27 at 13:53

カテゴリー: 経済, 中国

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制憲議会選挙(39):補欠選挙

制憲議会補欠選挙が,6月22日,実施された。重複立候補などによる欠員を補充するため。結果は以下の通り。

カトマンズ 第2区
  D.クインケル NC 18200
  KG.シュレスタ UML 13421
  L.ポカレル UCPN-M 4604
  N.シンカダ RPP-N 3724
チトワン 第4区
  RK.ギミレ NC 20318
  D.ラワル UML 17272
  K.タマン UCPN-M 7855
  S.ルーワリ CPN-ML 940
バルディヤ 第1区
  SP.ダカール UML 16996
  S.ビスタ NC 11335
  BP.タルー UCPN-M 11031
  GP.タルー MJF 1596
カイラリ 第6区
  P.オージャ NC 14784
  M.パタック UML 11959
  R.バンダリ RPP-N 4367
  L.チョウダリ MJF 3586

コングレス圧勝。対照的に,マオイスト(UCPN-M)は退勢著しい。今後,マオイストは,どの方向に向かうのか? 幹部が既得権益保守に回りますます体制内化していくか? それとも,支持回復のため急進派のバイダ派(CPN-M)と合流し反体制・急進化していくか? いまのところ,いずれとも見極めがたい。

140625 ■村での選挙啓発(選管HP)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/06/25 at 19:55

カテゴリー: マオイスト, 選挙, 憲法, 政党

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新憲法起草の争点:財産権

新憲法で財産権をどう規定するかをめぐって,諸政党が対立している。一つは,私有財産に上限を設定するか否か。もう一つは,土地収用を補償なしとするか否か。

1.財産権の規定例
財産権については,当然ながら,資本主義憲法と社会主義憲法とでは,大きく異なる。

日本国憲法第29条:「財産権は,これを侵してはならない。」「私有財産は,正当な補償の下に,公共のために用いることができる。」
米国憲法修正第5条:「正当な補償なく,私有する財産を公共の用のために徴収されない。」
独基本法第14条:「所有権及び相続権は,これを保障する。」「公用収用は,・・・・補償の方法及び程度を規定する法律の根拠に基づいてのみ,これを行うことが許される。」
仏人権宣言第17条:「所有権は不可侵かつ神聖な権利であり,・・・・事前の正当な保障の条件の下でなければ,その権利を奪われてはならない。」
中国憲法第6条:「生産手段の社会主義公有制」/第9条:「自然資源は,すべて国家所有」/第10条:「都市の土地は国家所有に属する。」それ以外の「土地は,集団所有に属する。」/第11条:「法が定める範囲内の個人経済,私的経済等の非公有制経済は,社会主義市場経済の重要な組成部分である。」/第13条:「市民の合法的私有財産は,侵すことはできない。」私有財産の収用または徴用には「補償を与えることができる。」(『世界憲法集』岩波文庫)

2.マオイスト:上限超過土地の無償収用
マオイスト(UCPN-M)は,私有財産,とくに土地所有の上限規制を要求し,上限超過土地は補償なしで没収することを強硬に主張している。また,労農党(NWPP)も「土地を耕作者に」をスローガンに,土地所有の上限規制を要求している。

Agni Sapkota:「土地は自然資源であり,誰にも土地は創り出せないから,土地は国家のものとすべきだ。」(Himalayan, 12 Jun)
Haribol Gajurel:「上限以上の所有土地の没収には,補償は不要だ。」(Ekantipur, 11 Jun) 「土地は自然のものであり,国家のものでも個人のものでもない。土地没収で本来なら誰にも損害は出ないはずだ。なぜ補償が必要なのか。」(Republica, 15 Jun)

マオイストの議論の核心は,土地所有の上限を定め,上限超過土地は無償で収用,つまり没収すべきだという主張にある。これは,結党以来,マオイストの最重要政策であり,人民戦争のスローガンでもあった。

3.NC,UML,RPP:財産権保障と収用補償
コングレス党(NC),統一共産党(UML),国民民主党(RPP-N)は,私有財産保障の程度については意見が分かれているが,少なくともマオイストの上限超過土地の無償収用には絶対反対である。

コングレス
Gopal Man Shrestha:財産所有権は基本権の一つだ。正当に取得された財産に所有上限を設けるべきではない(Ekantipur, 11 Jun)。
Ramesh Lekhak:財産上限規制は,基本的人権の原理に反する。土地収用には補償をすべきだ(Himalayan, 10 Jun)。
Dhanraj Gurung:「財産取得は自由であり奨励されるべきだ。その上で,累進課税を採用し効果的に適用すればよい。」(Republica, 15 Jun)

UML
Bharat Mohan Adhikari:財産取得に上限を設けるべきではない。効果的に課税をすればよい。(Himalayan, 10 Jun)
Kasi Nath Adhikari:土地所有に上限を設け,上限超過土地には加算課税をすればよい(Ekantipur, 12 Jun)。

RPP-N
Kamal Thapa:「新憲法は,財産所有権を国民に保障すべきだ。政府は土地収用には補償をすべきだ。」(Ekantipur, 10 Jun)

140624 ■科学的土地改革高等委員会報告書

4.累進課税と公平な徴税
制憲議会選挙では,NC,UML, RPP-Nが大勝し,マオイストは惨敗したので,上限超過土地の無償収用ないし没収を新憲法に規定することは,困難であろう。

しかし,大土地農地所有と土地なし農民の問題の解決は避けては通れないし,また近年の経済発展による農地以外の財産格差も限度を超えている。

この問題について,マオイストのように,財産所有に上限を定め,超過分は無償没収とするのは,あまりにも強権的であり,実行困難であろう。現実的なのは,やはり保有財産や相続財産に累進課税をかけ,ある程度時間をかけ財産格差を縮小していく方法であろう。

といっても,累進課税による格差縮小も,グローバル新自由主義体制の中に組み込まれてしまった今のネパールには,実際には容易なことではないかもしれない。また,そもそも財産や所得がどこまで正確に把握され,課税徴収されているかも,はなはだ疑問である。前途多難といわざるをえない。

▼富裕国ほど低い法人税(IMFツイッターより)
140625a

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/06/24 at 15:42

京都の米軍基地(47):関連事業・交付金の抗いがたい魅力

1.森本インター
経ヶ岬米軍基地へのアクセス・インターとなる鳥取豊岡宮津自動車道「森本インター」の工事が,着々と進んでいる。2016年完成予定で,この12月とされるXバンドレーダー搬入には間に合わないが,開通後は,このインターが米軍により頻繁に利用されることになるだろう。

「森本インター~経ヶ岬」は,丹後半島の奥地,小集落が散在するだけで,昼間でも人通りは少ない。ましてや日没後ともなると,森閑,人っ子1人見当たらないところも少なくない。米軍マル秘作戦には絶好の立地だが,地元住民にとっては,治外法権に近い米軍人・軍属の往来は薄気味悪く,不安は募るばかりだろう。

140621c ■事業箇所(「道路事業事前評価審査表」)

2.土建の魅力
この宮津自動車道のうち,いま工事中の野田川大宮道路は,全長4.3km,事業主体は京都府で工事期間は2005~2016年。わずか4.3kmだが,大きな橋とトンネルのため,総事業費160億円の大事業だ。といっても,事業の重要部分は,大林組,宮地エンジニアリングなど,地域外の大手・中堅企業が受注している。

しかし,それでも地元企業にも,幾分かは工事が回される。「森本インター」の場合は,下図のように,「マルキ・山崎組JV」。 「最高落札金額168,602,040円」と報道されているので,もしこれが両社JVの落札金額だとすると,全体の1%程度となる。わずかだが,うるおう。

土建を中心とする公共事業は,地方経済にとって魅力的であり,欠かせないものだ。

140621a140621b140621d
 ■森本インター工事(2014-6-17)

3.米軍再配備交付金
米軍基地受入と直接関係するのが,「米軍再編交付金」。京丹後市には,今年度6億1300万円(前年度繰り越し分7900万円)が,交付される。10年間で30億円程度の見込み。福祉,防災,教育などに当てられるという。

府事業としては,「上野平バイパス」が19億円,「丹後町三宅~弥栄町久地」が9億5千万円。府の6月補正予算には,基地関連道路整備に1億5千万円が計上された。7割は防衛省負担という。

こうした直接的・間接的に米軍基地と絡む事業の拡大は,地元経済にとっては抗いがたい魅力だ。米軍基地受入派も,Xバンドレーダーが日本の安全に寄与し「国益」に叶うなどとは,本心では信じてはいまい。また,米軍は,たとえ「鬼畜米英」ではなくとも,やはり武器を持つ外国の軍隊であり,恐ろしいであろう。が,背に腹は代えられない。過疎地・丹後は,今日,食わなければならないのだ。

その今日食うための口実として,明日の「国益」ほど,便利で使い勝手のよいものはない。名誉と実益が,ともに手に入る。一挙両得。過疎地・丹後にとって,こんなよい話しはまたとはないのであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/06/21 at 11:30

プライバシーと「忘れられる権利」

1.「忘れられる権利」判決
EU司法裁判所が5月13日,スペイン男性の「忘れられる権利(rights to be forgotten)」を認め,グーグルに対し,過去の新聞掲載債務関係公告へのリンク削除を命令した。問題発生時の公告掲載は適法でも,時間の経過により「忘れられる権利」が成立する,という理屈だ。

以前であれば,新聞等で報道されても,小さな問題や事件はすぐ忘れられ,よほどのことがなければ,知るのは難しい。また,知ろうとも思わない。

ところが,インターネットの普及により,ネット上の記録は半永久的となり,容易に検索・発見することができるようになった。世界の誰でも,知りたいと思う人の名前や関連用語を入力し検索すれば,記録の有無,あればその内容が瞬時に表示される。いったんネットに記録されてしまえば,世界万民監視,一生,いや死後ですら,過去の束縛から逃れられない。

それは,いくらなんでもヒドイ,というのが良識,とくに保守主義の本場ヨーロッパの常識だ。EU司法裁判所が,今回,「忘れられる権利」を認めたのは当然と言ってよいであろう。

140617 ■Google検索

2.「知る権利」との関係
一方,「忘れられる権利」の適用には,現実には,難しい問題もある。以前であれば,時間が自然に「忘れられる権利」を成立させてくれた。ところが,ネット時代になると,誰かが人為的に「忘れられる権利」の成立を認定せざるをえない。殺到するであろう消去要求をどうさばくか? 削除基準をどうするか? 有力者や有力機関の権力や金力をバックとする削減要求から市民の「知る権利」をどう守るか? いずれも難しい問題である。が,もはや,その問題との格闘を避けて通ることはできない。

3.「プライバシーの権利」との関係
この「忘れられる権利」とは別だが,実際には不可分の関係にあるのが,どこまでプライバシーをネット上に掲載できるか,という問題。たとえば,グーグルのストリートビュー。

ストリートビューについては,何度か批判した。解像度が劇的に向上し,撮影場所も路地裏にまで入り込みつつある。プライバシー侵害は,すでに許容範囲を超えているのではないか?

たとえば,自宅前で洗濯物を干している女性,玄関で誰かと話している男性,車で誰かと出かける青年等々。申し訳程度にぼかしが入れてあるが,知人,地元民なら,すぐだれか判別できる。

ストリートビューでは,まだ名前検索はできないが,地名入力すれば場所の検索は可能。地域の個々人の生活や人間関係が具体的にわかる。グーグルにプライバシーを暴かれ,半永久的に保存され,世界中にばら撒かれたくなければ,トイレにでも隠れて生活せざるをえない。

また,グーグルに許されるのなら,私たちも車にカメラを装着し,あるいは自宅軒下に監視カメラを設置し,手あたり次第撮影し,ネット上に掲載してもよいことになる。自宅トイレなど密室を一歩出たら,プライバシーなきものと覚悟せよ!

4.神の域に近づくグーグルや百度
私たちは,神の前では一切の隠し事はできない。神は,寝室も風呂もトイレも,すべて見ておられる。そして,すべてを永遠に記憶され,いつでも呼び出し現前せしめられる。グーグルや百度は,着実に神の域に近づきつつある。

140617b ■百度検索

[参照]
京都の米軍基地(41):住民監視の現状
京都の米軍基地(37):丸裸の監視社会
自衛隊員の「つぶやき」:万人監視社会への警鐘
京都の米軍基地(32):捨て石としての沖縄・グアム・京丹後
京都の米軍基地(23):特定秘密としてのXバンドレーダー

谷川昌幸(C)

民主化と兵役義務:ネパール新憲法

ネパールの憲法論議は,いまでは多くの点で日本よりはるか先を行っている。第三の性,女性50%クォータ制など。日本人は,礼を尽くし,謙虚に教えを請うべきだろう。

1.国民の兵役義務
この13日にも,注目すべき決定が下された。憲法問題政治調整委員会(CDCC:Political dialogue and Consensus Committee, バブラム・バッタライ委員長)が,全国民の兵役義務を新憲法に明記する案を全会一致で採択したのだ。

兵役義務については,先の第一次制憲議会でも議論されていた。この議論は,2014年1月発足の第二次制憲議会でも継承され,マオイスト(UCPN-M)のバブラム・バタライ幹部を委員長とするCDCCで審議されてきた。

委員会では,「国家必要時の国家奉仕は全国民の義務である」ということについては異論はなかった。それを認めた上で,国家奉仕義務のあり方で意見は二つに分かれた。
(A)マオイスト,労農党:18歳以上の全国民に軍事教練を義務づける
(B)コングレス,統一共産党,マデシ諸派:国家必要時の兵役を全国民に義務づける

よく似ているが,A案は,18歳以上の男女全国民への軍事教練が必要になる。やり方にもよるが,莫大な経費が必要。これに対し,B案は,徴兵制であり,国家が必要なとき,国民に兵役義務を課すということ。これなら,平時には,それほど経費はかからない。

CDCC委員会では,審議の結果,いつものように二案折衷で決着した。すなわち,「国家必要時の国家奉仕は全国民の義務である」,したがって「国家必要時の兵役は全国民の責任である」。

この折衷案が「軍事教練」を含むかどうかは,あえて曖昧なままとされている。が,いずれにせよ,これは国民男女皆兵であり,この案が制憲議会で採択されれば,新憲法の「国民(市民)の義務」の章に記載されることになる。(第二次制憲議会は,2015年1月22日までに新憲法を制定することを公約している。)

140615a ■ネパール国軍(同HP)

2.民主主義と兵役義務
民主主義において,兵役は国民(市民)の第一の権利=義務である。古代民主制アテナイでは,男性自由市民は兵士であったし,近代民主制アメリカでは武器保有は人民の権利(憲法第2修正)である。日本でも,近代化は,武士の武器独占を廃止し,徴兵制による兵役の民主化により促進された。

ネパールでは,兵役は,長らく上位カースト/民族の特権であった。人民多数は,兵役排除により,被支配・被差別の屈辱を甘受させられてきた。

この兵役差別を根底から否定し,男女平等の民主的軍隊「人民解放軍」を組織し,反民主的特権的政府軍を撃破したのが,マオイストである。ネパールにおいて,民主化を促進した最大の功労者は,マオイストである。

したがって,制憲議会において,もっとも急進的な国民兵役義務論を主張したのがマオイスト,それに反対したのが守旧派NC,UML,マデシ諸派であるのは,当然だ。守旧派は,上位カースト/民族の兵役特権を守りたいのである。

140615b ■人民解放軍(Republica, 2009-11-22)

3.近代的民主的兵役義務論の超克
日本の近代化・民主化は擬似的であり,まだ本物の民主的国民軍(人民軍)を持ったことはない。その日本人にとって,ネパールの近代的民主的兵役義務論は,注目し,学ぶに値するものである。

もし近代的民主的兵役義務論との本格的格闘を忌避しつづけると,「積極的平和主義」を唱える人々が,再び「美しい国・日本」の半封建的兵役義務・徴兵制を「取り戻す」ことになるであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/06/15 at 15:36

邦なき連邦国の正統性なき議会:ニヒリズムの危機

法や制度と現実との乖離はどの国にもあるが,いまのネパールは国家存在そのものが違憲状態であり,乖離は極端といわざるをえない。

1.邦なき連邦国家
最も深刻なのは,連邦国家(संघीय राज्य, 憲法第4条)であるにもかかわらず,いまだに邦(州)がないこと。誇大表示ですらなく,虚偽表示であり,看板に偽りありだ。

140613a ■ネパール連邦民主共和国(大使館HP)

2.民族州の無理無体
そもそも125の民族/カーストが混在するネパールを民族ごとの邦(州)に分割し,連邦国家に再編するというのが,無理無体,無茶苦茶だ。繰り返し批判してきたように,ネパールを実験台として利用してきた先進諸国の連邦制原理主義者や,その煽動に乗った(ふりをしてきた)ネパール知識人の責任は,重大といわざるをえない。連邦制原理主義こそが,第一次制憲議会を無様に崩壊させた最大の原因である。

連邦制は,この1月成立の第二次制憲議会でも最大の難題となっている。コングレス(NC)と統一共産党(UML)が大勝したので,単一民族(単一アイデンティティ)による州区分は少数派となり,地理や経済を重視した多民族(多アイデンティティ)州区分が多数意見となりつつある。

しかし,この多民族州の提案に対しては,プラチャンダ派マオイスト(UCPN-M)も,バイダ派マオイスト(CPN-M)やマデシ系諸派も反対しており,歩み寄りは見られない。

3.仏陀の手にも余る包摂民主主義
そうした中,制憲議会本会議で連邦制審議が始まったが,これは空前絶後,お釈迦様に手が何本あっても足りない有様だ。

報道によれば,制憲議会本会議で議員300名が連邦制についてそれぞれ意見を述べることになった(ekantipur, 5 Jun)。試みに計算してみると・・・・
 【議員発言総時間】
   5分×300議員=1500分(25時間)
  10分×300議員=3000分(50時間)
  30分×300議員=9000分(150時間)
演説準備・交代時間を考え合わせると,途方もない時間。が,まぁ,長話には慣れているだろうからよいとして,問題は,記憶力。10人くらい前までならまだしも,200人も300人も前の演説など,誰も覚えてはいまい。そもそも,300議員が演説するのは,300通りの連邦制案があるということだから,これではいかなお釈迦様でも手に余るにちがいない。

お釈迦様でも無理だとすれば,煩悩にとりつかれた人間どもに300通りの連邦制案の集約など,どだい無理である。というわけで,このままでは,第二次制憲議会もお流れということになりそうだ。

4.現実的な代案
しかし,再び制憲議会を崩壊させるのは,いかにもまずい。そこで,NC,UMLを中心とする体制主流派は,上述のように,地理・経済重視の多民族・多アイデンティティ州を少数つくり,多少強引でも,これをもって連邦制の体裁を整える方向に向かいつつあるわけだ。

私も,この案であれば実現可能だと思うが,もしこれで行くのなら,それは従来の14開発区(Development Region)を少々手直しし,「州( प्रदेश, प्रान्त: state, province)」と改名したにすぎないことになる。あるいは,どうしても自分に近い「州」が欲しいというのであれば,現在の75郡(जिल्ला, district)をすべて「州」と呼び換え,ネパールを75州からなる連邦国家とすればよい。

「民族」にせよ何らかの「集団アイデンティティ」にせよ,人為的・歴史的に形成されたものだから,この程度のユルイ対応にした方が現実的であり安全であって,政治的に賢明である。

140613b ■14州案:国家再構築委(Republica,2014-1-1)

5.正統性なき議会
この連邦制の議論もそうだが,それ以上に悲喜劇的なのが,現在の制憲議会にはそもそも正統性がないこと。

暫定憲法第63条は,制憲議会を小選挙区制240,比例制335,内閣指名26の計601議員から構成されると明記している。ところが,選挙後半年を経過したのに,まだ内閣指名26議員が選出されない。制憲議会は,正式にはまだ成立していないのだ。

その理由は,ここでもまた包摂民主主義だ。どの集団から議員を出すかを,その理念に忠実に,諸勢力のコンセンサスで決めるべきだという。そんなことは,お釈迦様にだってできはしない。

それに加えて,現実の生臭い要求もある。選挙で落選した政党有力者を指名せよというトンデモ要求が,あちこちから出されている。

さらにまた,選挙不参加の反体制33党連合に指名26議席を割り当て,口を封じようという動きもある。憲法の議員指名規定など,棚上げ。もう無茶苦茶だ。

6.ニヒリズムの危機:ネパールでも日本でも
法や制度と現実とのこのような甚だしい乖離が続くと,政治そのものへの信認が失われ,国家は瓦解する。ネパールの政治的英知がいま試されている。

しかし,これはなにもネパールだけの話しではない。日本はネパールよりもっとヒドイかもしれない。調査なき「調査捕鯨」,研修・技能実習なき「外国人技能実習制度」,そして,いうまでもなく戦争放棄憲法の下での軍隊(自衛隊)保持と交戦権行使。安倍政権が閣議決定で憲法解釈を変更し集団的自衛権の行使を容認することになれば,日本は全くの非立憲国家に転落してしまう。

日本でも,法や制度,あるいは言葉そのものが信用されなくなりつつある。安倍首相の”under control(五輪招致プレゼン)”や「日本が戦争をする国になる・・・・ことは断じてあり得ない(記者会見5/15)」をみよ。放射性物質じゃじゃ漏れの福島,集団的自衛権行使(戦争)容認政策。言葉と事実との甚だしい乖離は自明だが,日本社会では放任されている。

これはニヒリズムだ。一方に安倍首相の積極的攻撃的ニヒリズム,他方に国民多数の消極的退行的ニヒリズム。このままでは勝利は前者だろうが,しかし,それはほんの一時,すぐニヒリズムの蔓延により日本全体が蝕まれ,根底から崩壊するであろう。

ネパールも日本も,難しい局面に立たされているといってよいだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/06/13 at 10:48