ネパール評論

ネパール研究会

Archive for 7月 2016

ナショナリスト親中派オリ首相の辞任

オリ首相(UML)が7月24日,辞任した。オリ政権は,第2党のUMLと第3党のマオイストを主軸とする連立政権だったが,マオイストが政権離脱し,議会少数派に転落したため,不信任案採決の直前に自ら辞表を大統領に提出し,辞任したのである。2015年10月発足から9か月余の短期政権であった。

それでは,マオイストはなぜ連立を離脱し,オリ首相不信任に回ったのか? いくつか理由は考えられるが,最大の直接的理由は,おそらくUML・マオイスト「9項目合意」(5月5日)のオリ首相による実行が期待できなくなったことだろう。

「9項目合意」では,マオイストに当事者の多い人民戦争関係訴訟を終わらせることがうたわれ,またそれと同時に予算成立後のプラチャンダへの政権禅譲の密約もあったとされている。ところが,人民戦争期の加害者への免罪や不動産移転の追認には被害者の反対が強く,また政権禅譲密約も反故にされそうな雲行きであった。そこでプラチャンダは,オリ首相を見限り政権離脱,第1党のNCと組み,自ら内閣不信任案を議会に提出したのである。

むろん,それだけではない。オリ首相の政権運営については,強権的ナショナリズムとの批判が高まっていた。マデシの憲法改正要求闘争を力で抑え込み,政府批判のブログ投稿者やデモ「参加者(見学者?)」(いずれも外国人)を逮捕した。さらに著名な知識人カナク・デクジト氏も別件逮捕され,一時,生命の危機に陥りさえした。

このような強権的ナショナリズムは,人民戦争を経て獲得された諸民族・諸共同体参加の包摂民主主義を危うくするもの,かつての一元的中央集権国家へ後戻りするものとみられるようになった。

そして,ネパールでナショナリズムに傾けば,歴史が物語るように,地政学的力学により反インド・親中国となる。オリ首相も,ナショナリズムに傾けば傾くほど,反印となった。マデシの反政府闘争,特に国境封鎖闘争をインドが支援しているとみなし,インドの内政干渉を非難し,駐印大使の召還や,大統領訪印の直前中止さえ断行した。

これとは対照的に,中国との関係は一気に前進した。オリ首相の3月訪中の際の「共同声明」では,中国側は「2015年憲法」制定を歓迎し,
 ・石油類供給
 ・中ネ間道路・鉄道建設
 ・国境経済ゾーン開設
 ・治安機関強化支援
などを約束した。オリ首相は,インドに代わり得る交通交易路を確保したと,その対中外交の成果を誇示したのである。

中国側も,オリ首相を大っぴらに支援してきた。在ネ中国政府筋がネパールの有力者たちにオリ首相支持を働きかけたし,中国系メディアもオリ首相を称える記事をつぎつぎと掲載した。たとえば,辞任後の記事ではあるが,インドのBusiness Standard(29 Jul)は中国のGlobal Timesが次のように伝えた,と報道している。

オリ首相は,「1990年代以降,最大のネパール首相」であった。「ネパールは,近代国家になった1956年以降,インドに全面的に依存してきたが,オリ首相はこの依存をほぼ完全に打破した。」「国境封鎖すれば,ネパールは窒息しすぐ降参するとインドは信じてきたが,オリ首相はこの状況を覆したのである。」

インドが,こうした親中派オリ政権を快く思わず,さまざまな形でNCやマオイストに働きかけ,親印派政権に置き換えようとしてきたことは,まず間違いないであろう。

次のNC=マオイスト連立政権の首相と目されているプラチャンダも,最大の懸案であるマデシ問題について,憲法を改正し,マデシ(とインド)の要求に応えたいと語っている。プラチャンダは,中国とのこれまでの約束を守り友好関係を促進するとも語っているが,次のプラチャンダ政権が対中印関係をこれまでよりインド寄りに修正する,と見るのが一般的である。

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 ■オリ前首相(UML:HP)/プラチャンダCPN-MC議長(同党HP)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/07/31 at 19:53

平静に見えるオーストリア

6月末~7月初旬,ウィーンやザルツブルクなどを見てきたが,少なくとも外から見る限りオーストリアは平静であった。

オーストリアでは,5月に大統領選挙があり,リベラル系無所属(「緑の党」元党首)のアレクサンダー・デア・ベレン候補が,僅差で,極右「自由党」のノベルト・ホーファー候補に勝利した。不在者投票分でのギリギリ逆転勝利,文字通りの辛勝であった。

ところが,この開票結果に自由党が異議を唱え,憲法裁判所に選挙無効を訴えた。憲法裁判所は,この訴えを受理し,審理の結果,7月1日,不在者投票開票方法などが違法だったとして選挙無効の判決を下した。再選挙は,9~10月の予定。

このオーストリア大統領選挙は,全世界,特に欧州で,成り行きが注目されてきた。自由党は極右ナショナリスト政党。難民・移民受け入れに反対し,EU離脱を訴え,とくに男性,ブルーカラー労働者,農村部に支持を拡大してきた。その自由党が勝利すれば大変なことになる。注目され,心配されるのは当然だ。

こうした状況だから,オーストリアはいま騒然としているだろうと思っていたら,実際には,街も村も表面的には何事もないかのように平静。人々はコンサートに出かけ,高原や湖畔では早やバカンスを楽しんでいた。

これは,まったくもって不思議,不可解。バカンス明けの再選挙はいったいどうなるのだろう?

▼議会議場(上院/下院)
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▼落書き(ハイドンハウス付近)
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[参照]
*「オーストリア大統領選、やり直し 極右の伸び焦点」日経,2016/7/1
*稲木せつ子「オーストリアの大統領選は「史上初」だらけだ 憲法裁判所が選挙のやり直しを命令」東洋経済オンライン,2016年07月06日
*「オーストリア大統領選で違法行為、憲法裁がやり直し命令」朝日新聞,2016年7月1日

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/07/22 at 04:54

中国人観光客の存在感:オーストリア

中国からの観光客が激増したのは日本など近隣諸国だけかと思っていたが,これはまったくの思い込み,誤りであった。ツイッター記事によれば,

毛丹青 ‏@maodanqing 中国からの観光客による「爆買い」は減少傾向に転じ始めていた。ブームではないかと言われた。しかしブームは必ず冷める。過度に持ち上げてその後で過度に貶めるのが日本の常だ。昨年海外旅行に出かけた中国人観光客は約1億2千万人、その中から約500万人が日本を訪れてきただけでブームと言えるか。」

たしかに,オーストリアでも,どこに行っても中国人観光客があふれていた。とにかくすさまじい。数十人の団体旅行から数人の自由旅行まで,さまざまな形で観光に来ている。大きな買い物袋をもった人もみられる。

さらに驚くべきは,日本人旅行者の多くが――夏休み前とはいえ――老人(高齢者)であったのに対し,中国人旅行者は青壮年層中心であり,大学生前後の若者も少なくなかったこと。中国はこれほど多くの青壮年をヨーロッパ旅行に送り出せるほど豊かになったのであり,また中国青年たちには世界を見て歩こうという大いなる意欲が満ち満ちているのだ。

中国人旅行者は,その振る舞いでも,日本人とは対照的だった。中国は中華の国。日本人のような辺境島国コンプレックスとは無縁だ。どこで出会っても,自然体で堂々と行動していた。数十人の大集団で通路いっぱいに広がり移動したり,観光名所やレストランで大声で声を掛け合ったり。

オーストリアにとって,リッチな中国人観光客は大歓迎に違いない。老人中心のプアな日本人観光客より,ありがたい。すでに各地・各所の案内の多くは,独語・英語・中国語となっている。

オーストリアには,インド人もかなり来ていた。インドも大国であり,しかも英語ペラペラだから,ごく自然体,悠然と行動していた。歴史ある大国には,やはりかなわない。

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■シャーフベルク登山列車(「サウンド・オブ・ミュージック」にも登場)

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■ザルツブルク旧市街

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/07/21 at 11:53

音楽に食傷気味:オーストリア

オーストリアは,いうまでもなく音楽の国。モーツアルト,ベートーベン,シューベルト,ハイドン,ヨハン・シュトラウス父子,マーラー・・・・。これら綺羅星のごとき大作曲家たちの生家や住居など,ゆかりの地があちこちにあり,いたるところで彼らの曲の演奏会が開かれている。

彼らは商品宣伝用にも引っ張りだこだ。特にモーツアルトは大活躍。様々なモーツアルト・グッズが,お土産屋ばかりか庶民向けスーパーにさえ,たくさん並べられ,売られている。

楽器の中では,やはりピアノ。いたるところに置いてある。とりわけびっくり仰天したのは,トイレ。公衆トイレにすら,ピアノが置いてある! トイレ・コンサートでも開催するのだろうか?

コンサートは,本格的なものから観光客向けのものまで様々あるが,お勧めは教会のパイプオルガン。あちこちに大きな教会があり,ほぼ例外なく立派なパイプオルガンが設置されている。礼拝などに参加すれば(信者でなくても大丈夫),天国から降り注ぐかのような荘厳な音楽に浸ることが出来る。私は,ザンクト・ペルテンのドーム教会の日曜礼拝に入れていただき,オルガン演奏を聴かせていただいた。

あるいは,アマチュア楽団のコンサート。ゼーフェルトには,アメリカから高校生バンドが友好訪問していて,野外コンサートを開催していた。アルプスの高山と高地の花々を愛でながら,高校生たちの真剣な演奏を聴いていると,すがすがしい気分に包まれ,心底からリフレッシュされる。

音楽の国オーストリアでは,このように音楽があふれており,さまざまな音楽を十二分に楽しむことが出来る。が,それはそうであるにしても,興業化・商品化された音楽がこれほどまでに多いと,そうした音楽には食傷気味となるのも偽らざる事実だ。

オーストリアで,プロによる本格的な演奏会ではなく,高校生バンドや教会パイプオルガン演奏にむしろ魅かれ癒されたのは,おそらくそのためであろう。

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■モーツアルト像(ザルツブルク)

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■ベートーベン住居/ヨハン・シュトラウス住居(いずれもウィーン)

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■ハイドン・ハウスの中庭と室内(ウィーン)

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■ザルツブルク「ドーム・コンサート」,モーツアルト:ピアノソナタ,Orpheus Concerts and Artists(45分,22ユーロ)

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■王宮中庭演奏会(入場無料,インスブルック)/米高校生バンド演奏会(入場無料,ゼーフェルト)

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■ザンクト・ペルテンのドーム教会/デュルンシュタイン修道院教会パイプオルガン

谷川昌幸(C)

 

Written by Tanigawa

2016/07/20 at 01:47

アルプスの花園を踏み歩く:オーストリア

オーストリアには,それほど高い山はない。グロースグロックナー3798mが最高峰で,富士山3776mとほぼ同じ。しかし,緯度が高いのと,氷河による氷食のため,気候はきびしく,地形は険しい。今回見てきたのは,ロープウェーや登山列車で山頂直下まで登れる2千メートル前後の山々。
 ▼パッチャーコーフェル 2247m
 ▼ゼーフェルダー・シュピツェ 2220m
 ▼ノルトケッテ 2334m
 ▼シャーフベルク 1783m

いずれも,それほど高くはないが,山容はゾォーとするほど峻険で,気候も厳しい。カメラ置忘れのため,間に合わせ写真にすぎないが,それでも垂直あるいはそれ以上に切り立つ山々の威容は,よく見て取れる。(4山の中で最もアルプスらしいノルトケッテも撮ったのだが,画面を触っていたら,全部消えてしまった。)

これらの山々には,中腹から山頂にかけて,高山植物が様々な花をつけ,一面に広がっている。まさにアルプスの花園。

驚いたのは,そのようなアルプスの花園と人々とのかかわり方。日本の山だと,高山植物保護のため,立ち入り禁止の札が立てられ,柵やロープが設置されている。また,そうでないところでも,登山道からそれること,高山植物を踏みつけることは,ご法度とされている。

ところが,今回のぼったアルプスの山々では,そのような立て札や柵やロープは一切なく,しかも登山者たちは,平気で高山の可憐な花々を踏みつけ歩き回ったり,パラグライダーを飛ばしたりしていた。

花々は,下界から山頂まで無数に咲いているし,2千メートルくらいだとヒツジやヤギがやってきて草を食べるから,地元の人々にとっては特別に保護すべきものではないのかもしれない。

いずれにせよ,アルプスの花園の中を無邪気に歩き回り寝そべる自由は,「立ち入り禁止」を内面化し縛られている日本人にとっては,うらやましい限りであった。

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 ■パッチャーコーフェル中腹

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 ■ゼーフェルダー・シュピツェ

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 ■花園からの飛翔(ゼーフェルダー・シュピツェ)

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 ■シャーフベルクの切り立つ岩壁

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/07/19 at 00:51

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文化としての飲酒・喫煙:オーストリア

伝統と文化の国オーストリアは,酒・たばこ天国だ。ネット情報(「オーストリアの基本情報」)によれば――
金メダル(世界1位):女性喫煙率,酒一気飲み人口
銅メダル(世界3位):喫煙率,ビール消費量(1人当たり)

喫煙は,一応,規制されているようだが,歩きたばこも平気。特に女性が目立つ。街中いたるところに吸い殻入れが設置されている。

ビールはもちろん本場。ちょっとお茶でも,という感じで,あちこちの側道や広場の屋外喫茶レストランで,真昼間から,男も女も楽しそうにジョッキを傾けている。「一気飲み」は見かけなかったが,たいへんな酒好き,呑んべいであることに間違いはない。

酒やたばこは健康に良くない。そして,文化も,むろん健康に良くない。文化も伝統もない国は,健康第一,健康キャンペーンが始まると,あっさり禁煙,飲酒規制に向かうが,さすが文化の国オーストリアは,そんな柔ではない。健康より文化,グイグイ,スパスパ,大いに人生を楽しんでいるようだ。うらやましい。

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■メルクのタバコ屋(Tabak)と屋外喫茶レストラン(宿泊ホテルベランダより)

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■駅でも喫煙(ウィーンの地下鉄・路面電車・バス共用「カールレンナー駅」)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/07/18 at 02:55

カテゴリー: 文化, 旅行

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伝統の厚みと生活の豊かさ:オーストリア

オーストリアは初めて。数カ所を2週間ほど見て回ったにすぎないが,都市も地方も美しく整っており,伝統の厚みと,それを基盤とする生活の豊かさに圧倒された。日本と比較すると,主な指標は以下の通り(「世界のランキング」,「世界経済のネタ帳」ほか)。

オーストリア 日 本
国土面積 8.4万㎢ 37.8万㎢
(北海道8.3万㎢)
人口 8.6百万人 126.9百万人
(大阪府8.9百万人)
GDP
1人当たりGDP
3,741億ドル
43,724ドル
41,232億ドル
32,486ドル
失業率 5.7% 3.4%
報道の自由度 13.2(11位) 28.7(72位)
平和度指数 1,278(3位) 1,395(9位)
男女平等度 0.733(37位) 0.670(101位)
所得格差指数
(ジニ係数)
[0%=格差0]
26.3%(132位) 37.9%(73位)
貧困率(CIA版) 6.2%(154位) 16.0%(120位)
子供貧困率 8%(29位) 16%(9位)
社会保障費割合
(対GDP)
25.48%(7位) 24.99%(11位)
 教育公費支出割合 88%(7位) 34%(26位)


これらの指標からもオーストリアの表面的な豊かさはわかるが,実際に行ってみると,そうした指標では示しきれない伝統の蓄積が街や村の品格や,そこで生活する人々の生活の文化的な豊かさを,より一層高めていることに気づかされる。オーストリアはやはり伝統と文化の国なのだ。
   
160717a 160717b
 ■ハル/メルク

160717c
 ■ドナウ西岸から東岸を望む(メルク)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/07/17 at 02:19

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デジカメと「体験」形骸化

オーストリアに2週間ほど行ってきた。内陸型の猛暑。強烈な直射日光でクラクラし,ボゥーとしていて,2日目,カメラ置忘れ。仕方なく,超格安タブレット内臓カメラで撮ってみたものの,ピンボケばかり,事実上,カメラなしの旅行となった。

カメラなしとなって,これまでの旅行がいかにカメラ依存だったかが,実感としてよくわかった。現地の風景や出来事など,これは面白い,スゴイと感じたことを,自分の眼で見つめ記憶しようとする前に,カメラでパチリ。

しかも,いまはデジカメ。以前であれば,フィルムは高価であり,撮影にも現像にも相当の技術と手間がかかった。しかも,焼き付け写真は経年劣化,そう長持ちするものではない。ところが,いまのデジカメは,誰にでも,シャッターを押しさえすれば,きれいな写真が何枚でも簡単に撮影でき,いつまでも保存し,好きな時に再生できる。撮っておきさえすれば,現場の実体験をあとからいつでも追体験できる,という安心感(思い込み)――これは大きい。

しかし,その反面,デジカメ依存は,実体験の形骸化をもたらす。現場での出来事は,その場かぎりの瞬間・瞬間の出来事であり,だからこそ,その場でそれを最大限深く体験し心に刻むべきはずなのに,デジカメでパチリは,その基本的な心構え・身構えを不要と錯覚させてしまう。ここのことは写真に撮ったから,後で見ればよいや,と。

以上のことは,いまさらいうまでもない常識であろう。が,常識を忘れさせるのが依存の依存たるゆえん。その体験の常識を思い出す代償が,今回は,カメラ置忘れだったというわけ。お粗末。

▼猛暑・豪雨のなかのオーストリア国会議事堂(2016年7月)
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  ■ピンボケ写真を画像ソフトで修正(過去は修正可能!)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/07/16 at 05:01

カテゴリー: 情報 IT, 文化, 旅行

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