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自称「右翼軍国主義者」の「積極的平和主義」:安倍首相の国連演説

安倍首相が,自称「右翼の軍国主義者」として,H・カーン賞受賞スピーチ(9月25日)と国連総会演説(9月26日)において,「積極的平和主義」を唱えた。

このうち自らを「右翼の軍国主義者(right-wing militarist)」と称したのは客観的な正しい事実認識だが,「積極的平和主義」の方は極めて欺瞞的である。外国と英語を利用した巧妙な詐術。こんな不誠実な元首演説を許してはならない。

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 ■安倍首相の国連総会演説(9月26日)

1.”under control”以上に危険な「積極的平和主義」
安倍首相は自他ともに認める「右翼」だから,夷狄たる諸外国ないし国際社会の常識は端から無視している。リオデジャネイロでは,カタカナ英語で”under control”と放言した。国際社会の常識では,福島原発の現状は”un-controlled”あるいは”out of control”だが,そんなことは全く意に介さない。

このような用語法は,「右翼の軍国主義者」の伝統に則っている。周知のように,帝国陸軍は対中「戦争」を「事変」と呼び換え誤魔化した。また,戦況不利で退却を余儀なくされると,それを「転進」と呼び換え誤魔化した。しかし,国際社会の常識では,中国での戦いは「戦争」であり,部隊の後退は「退却」ないし「敗退」である。

このような言葉による誤魔化しは,国際社会では通用しなかったが,不幸なことに,いや滑稽かつ悲惨なことに,日本社会では効果絶大であった。帝国臣民は素直に「事変」と信じ,暴支膺懲に走った。そして,帝国陸海軍の「転進」は,結局,大日本帝国それ自体を破滅させることになった。「敗退」,「退却」であれば,敗因と責任が解明され,次の作戦に生かされていたはずだが,「転進」,「転進」と叫んでいるうちに,銃後の臣民ばかりか軍自身もそれを信じてしまい,同じような失敗を繰り返し,戦況を見失い,あげくは,あの破滅的敗戦の悲惨を招くことになってしまったのである。

福島原発も,”under control”と言いつのっているうちに,当事者までそれを信じ,ますます事故原因の解明や責任追求がおろそかとなり,結局は帝国陸海軍と同じような破滅への行程を辿ることになってしまう可能性が高い。

安倍首相の「積極的平和主義」もまた,このような呼び換え語法の一変種である。安倍首相は,国際社会では「消極的平和」と呼ばれているものを「積極的平和主義」と呼び換え,国連総会演説やH・カーン賞受賞スピーチで,それを日本政府の平和貢献への基本指針とすると宣言した。これは”under control”に勝るとも劣らない危険な重大発言である。

 131001c ■H・カーン賞受賞スピーチ(9月25日)

2.消極的平和の定義
安倍首相の掲げている平和は,国際社会の常識では,積極的平和ではなく,消極的平和(negative peace)である。これは,「平和」を「戦争のない状態」と定義する。「ない」というnegativeな形での定義なので,「消極的(negative)平和」と呼ばれている。

消極的平和は,近代の基本的な平和概念であり,これは「力のバランス(balance of power)」によって実現されると考えられていた。だから,平和(戦争のない状態)の実現には,「力」(中心は軍事力)が不可欠であり,常に相手をにらみながら軍事力を増強することが求められた。

この消極的平和は現在でも根強く支持されており,日本の歴代政府も基本的にはこの立場をとってきた。安倍内閣もそれを継承したが,従来の慎重に限定された自衛隊の役割には満足できず,その制限を一気に取り払う政策へと大きく方向転換した。軍隊の抑止力による平和(消極的平和)が前面に打ち出され,憲法解釈変更による集団的自衛権行使の承認や憲法9条の改正,あるいは日米安保の強化が強く唱えられるようになったのは,そのためである。国際常識から見ると,このような安倍首相の平和政策は,まちがいなく「消極的平和主義」である。

3.積極的平和の定義
これに対し,積極的平和(positive peace)は,第二次世界大戦終結前後から注目されはじめ,ガルトゥングらの努力により,冷戦終結後,急速に有力になってきた平和の考え方である。積極的平和は,単に戦争のない状態,つまり消極的平和は真の平和ではないと考える。たとえ戦争が無くても,社会に貧困,差別,人権侵害などの構造的暴力があれば,あるいは日本国憲法の文言で言うならば「専制と隷従,圧迫と偏狭」などがあれば,その社会は平和とはいえない。構造的暴力は紛争原因となり,紛争は戦争をも引き起こす。だから真の平和は,構造的暴力が存在せず,人々が基本的人権を享受しうるような積極的(positive)な状態でなければならないのである。

この積極的平和の実現には,軍隊はほとんど役に立たない。構造的暴力は,非軍事的な人間開発*によってはじめて効果的に除去できる。消極的平和が軍事的手段によって「戦争のない状態」の実現を目指すのに対し,積極的平和は平和的・非軍事的手段によって「戦争原因のない積極的平和」の実現を目指すのである。
 *「人が自己の可能性を十分に発展させ、自分の必要とする生産的・創造的な人生を築くことができるような環境を整備すること。そのためには、人々が健康で長生きをし、必要な知識を獲得し、適正な生活水準を保つための所得を確保し、地域社会において活動に参加することが必要であるとする。パキスタンの経済学者マプープル=ハクが提唱した概念(デジタル大辞泉)」。国際社会ではUNDPが中心になって人間開発に取り組んでいる

4.呼び換えとしての「積極的平和主義」
以上が,平和の二概念に関する国際社会の常識である。だから,私も,当然,安倍首相がこの国際常識に従って「積極的平和」を唱えたものと思っていた。ところが,驚いたことに,実際には,そうではなかった。安倍首相は,消極的平和への貢献を積極的平和主義と呼び換え,そのための軍事的貢献を国際社会に約束したのである。

まず注目すべきは,用語法。日本語の方は,国連演説(日本語)でもH・カーン賞受賞スピーチ日本語訳でも「積極的平和主義」となっている。ところが,英語の方は,いずれにおいても,”Proactive Contribution to Peace”ないし”Proactive Contributor to Peace”となっている。(国連演説英訳H・カーン賞受賞スピーチ英語原文

当初,安倍首相が「積極的平和主義」を唱えたと報道されたので,私は,てっきりガルトゥングらのいう”positive peace”,あるいは非軍事的手段による平和貢献を語ったのだと思い,大いに期待した。ところが,そうではなかった。”positive”はなく,その代わりに”proactive”が「貢献」の前に置かれ,日本語版では「積極的平和主義」と表記されていたのだ。巧妙な呼び換え,いや欺瞞,詐術とさえ言ってもよいかもしれない。

それでも英語の方は”proactive”と言っているので,少なくとも外国では大きな誤解は少ないだろう。”proactive”という用語は,”proactive defense”という形でよく使用されるように,事前・先手の対策,その意味での積極的防衛という意味合いが強い。安倍首相は,H・カーン賞受賞スピーチで具体例を挙げ,”proactive”をこう説明している。

現在の日本国憲法解釈では,国連PKO派遣自衛隊は,隣の派遣外国軍が攻撃されても助けられない。また,日本近海の米艦が攻撃されても,自衛隊の艦船は米艦を助けられない。これは”proactive”ではない。だから「日本は,地域の,そして世界の平和と安定に,今までにもましてより積極的に(proactively),貢献していく国になります」。つまり,平たく言えば,憲法は集団的自衛権行使を禁止しているというこれまでの政府解釈を変更し,あるいは機を見て憲法9条を改正し,自衛隊を普通に戦える軍隊に変えることによって,自衛隊を戦う軍隊として国連PKOや多国籍軍,あるいは日米共同軍事作戦に参加させるということである。

これは,いうまでもなく軍事力による平和貢献であり,目指されている平和は,結局,「消極的平和」ということになる。消極的平和への”proactive”な貢献!

ところが,日本国内向けの日本語版になると,安倍首相はもっぱら「積極的平和主義」を唱えたということになり,これだけでは従来一般的に使用されてきた「積極的平和(positive peace)」と見分けがつかない。実に紛らわしい。というよりもむしろ,意図的に紛らわしい用語を用い,積極的平和を支持してきた多くの人々を惑わせ,取り込むことをひそかに狙っているように思われる。

5.日本国憲法と積極的平和への貢献義務
平和的・非軍事的・非暴力的手段による平和貢献と,軍事的手段による平和貢献は,原理的に全く異なる。日本国憲法が規定しているのは,いうまでもなく非軍事的手段による積極的平和への貢献である。

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日本国憲法 前文
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
We desire to occupy an honored place in an international society striving for the preservation of peace, and the banishment of tyranny and slavery, oppression and intolerance for all time from the earth. We recognize that all peoples of the world have the right to live in peace, free from fear and want.

第二章 戦争の放棄
第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
CHAPTER II RENUNCIATION OF WAR
Article 9. Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.
In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.
——————————

これは,世界に先駆けた積極的平和の宣言に他ならない。日本国民は,非軍事的・非暴力的手段により世界の構造的暴力(恐怖と欠乏)を除去し,積極的平和(平和のうちに生存する権利)を実現する努力をする,と世界に向け宣言し約束した。憲法は,日本国民が誠実にこの努力を続け,国際社会における「名誉ある地位」を得ることを要請しているのである。これは,軍事的手段による消極的平和への”proactive(積極的)”な貢献のことでは,断じてない。

積極的平和は日本の国是である。そして,それを定めた日本国憲法は「国の最高法規」であり,首相は当然「この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」(98条)。日本国元首たる首相が,違憲の政策を国連総会で国際公約するようなことは断じて許されない。

 131001 ■『あたらしい憲法のはなし』(文部省,1947)挿絵

6.言霊の国
言葉は,どの文化圏でも,霊魂の宿るところとして畏れられ大切にされてきた。キリスト教では「はじめに言葉があり,言葉は神であった」のであり,日本は「言霊の国」とされてきた。

ところが,その「言霊の国」日本で言葉を最も軽んじ弄んできたのは,日本固有の文化と伝統を守るはずの「右翼の軍国主義者」らであった。

「事変」と「転進」に誤魔化されたように,いままた”under control”や「積極的平和主義」に誤魔化され,体制翼賛に走ると,日本は再び道を大きく誤ることになるであろう。

[参照1] 安倍首相の怪著『美しい国へ』

[参照2]
●『積極的平和主義を目指して』総合研究開発機構(NIRA),2001年
 日本が積極的平和主義を目指して世界のために貢献しようとするのであれば、国連の平和維持活動(PKO)にこれまで以上に積極的に参加していく必要がある。・・・・以前として凍結されたままになっている自衛隊の部隊などによるいわゆる平和維持活動の本態業務の早急な凍結解除が望ましい。・・・・
 本体業務の凍結解除に続いて必要とされるのは、いわゆる日本のPKO五原則の見直しである。冷戦後は、紛争当事者が確定し難い内線型の紛争が頻発するようになったこともあり、停戦合意の存在や日本の参加への関係当事者の同意等の条件に関しては、国連の平和維持活動開始の決定により満たされたものとみなすとの趣旨の法改正が望ましい。また、派遣隊員などによる武器使用についても憲法解釈の問題はあるが、国連の慣行との整合性を図る努力が必要であろう。・・・・ (誤字が多いが原文のまま引用)
(NIRA出版物情報 http://www.nira.or.jp/past/pubj/output/dat/3502.html)

『新・戦争論 積極的平和主義への提言』伊藤憲一著,新潮新書,2007年
(1)書評:小田嶋隆(日経ビジネス2007年11月16日)
 筆者によれば、最も重大な点は、憲法第九条の二項(←「大きな問題があります」と言っている)にある。
 すなわち、第二項が〈過ぎ去った「戦争時代」の発想や思考で雁字搦めになっているからです。このままでは日本は不戦時代に入りつつある世界の流れから取り残されるだけでなく、不戦時代を作りだそうとする世界のコンセンサスに背くことにさえなります。現行の第二項は「終わった戦争」や「終わった時代」に固執して、不戦時代の到来という新しい時代をまったく理解していないからです〉[P153]というのだ。
 で、その「新しい時代」である「不戦時代」の要請に応えるために、日本は、「あれもしない」「これをしない」という偽物の平和主義から脱却し、「あれもする」「これもする」という「積極的平和主義」へと踏み出さねばならないということらしい。
 ちなみに、本書の末尾の一文はこうなっている「見て見ぬふりをする消極的平和主義から、市民としての義務を果たす積極的平和主義へと、日本人はその平和主義を脱皮させる必要があります。世界的な不戦共同体に参加し、その共通の目的に積極的に貢献することこそが、われわれに求められている課題であると言わねばなりません」[P177]
 つまり、目的が「戦争」でないのだから、軍事力の行使もアリだ、と、そういうことなのだろうか?
 著書の言う「積極的平和主義」が、かつて歴史の中で繰り返されてきたように、開戦の口実にならなければよいのだが。
(http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071115/140706/)

(2)書評: 堂之脇光朗(日本紛争予防センター理事長)
 加えて、「積極的平和主義」も提言されている。「あれもしない、これもしない」といった「消極的平和主義」は戦争時代の思考法にとらわれた偽物の平和主義であり、国連の平和維持活動などのために「あれもする、これもする」との積極的平和主義こそが不戦共同体の一員としての日本の選択であるべきだとしている。7年ほど前に総合研究開発機構(NIRA)が「戦争の時代から紛争の時代へ」などとして、「積極的平和主義を目指して」と題する研究報告を発表したことがある。その後、国連に平和構築委員会が設置され、わが国の防衛庁も防衛省に改組された。このような最近の時代の流れからみても、積極的平和主義がわが国の進むべき道であることは間違いないであろう。
(http://www.jfir.or.jp/cgi/m-bbs/contribution_history.php?form%5Bno%5D=547)

谷川昌幸(C)

ガルトゥング提案の観念性と危険性

訪ネ中のガルトゥング教授のインタビュー記事を「ヒマラヤン・タイムズ」(2月14日)が掲載している。教授は平和学の権威であり,国際社会の平和政策にも絶大な影響力をお持ちだが,もし記事が教授の発言を正しく伝えているとするなら,教授のネパール政治分析と政策提案には落胆せざるをえない。いやそれどころか,ネパールにこれまで深く関与されてきたことを考えると,教授の諸提案はいささか無責任なような印象さえ禁じ得ない。

1.政党利己支配(partyocracy)
ガルトゥング教授によれば,ネパール政治は,マオイストの国政参加後も「政党利己支配(partyocracy)」の強化を除けば,他は何も変わっていない。

「一国家,二軍隊,王制と[国王の]直接専制支配はもはや存在しない。しかし,事態は以前と同じだ。憲法制定の見込みはなく,議会もなく,選挙された政府もなく,和平プロセスを担う機関もなく,不平等の改善もない。民主主義はなく,あるのは政党利己支配(少数の政党が議会制民主主義の諸制度を危険に陥れる政治的疾病)のみだ。」

この現状認識は,一般に広く共有されている。常識といってもよい。

2.アイデンティティ連邦制
そこで次に,少し具体的な話になる。まず連邦制だが,ガルトゥング教授は,以前からアイデンティティ(カースト/民族)による州区画を説かれていた。

教授は,そのアイデンティティ連邦制がいまも望ましいといいつつも,ここでは世界の25の連邦国家のうちアイデンティティ州区画をしているのは4カ国(印,マレーシア,ベルギー,スイス)だけだと認め,「ネパールにとって参考になる別のモデルは,マレーシアとインドの連邦制の組み合わせであろう」と提案されている。

意味不明。ひょっとすると,これは,インドもマレーシアも英植民地であったから,植民地時代の区画(スルタンやラージャの領地)を州区画とせよ,ということかもしれない。しかし,ネパールは,両国とちがい,有史以来独立国であり,植民地にはならなかった。あるいは,プリトビナラヤン・シャハ王の頃の小王国領を州区画にせよとでもいうのであろうか? まさか! よく分からない。

そもそも,マレーシアは立憲君主制のイスラム教国であり,中央権力が強い。また,インドもユニオン(連邦)権力が強く,単一制に近い連邦国家として知られている。ガルトゥング教授は,両国のどこがネパール連邦制のモデルになるといわれているのか,さっぱりわからない。

3.「カトマンズ・ゲーム」
中央政府権力の強いマレーシアやインドをモデルとせよと提案される一方,ガルトゥング教授は,カトマンズ中心主義(Kathmandu-game)を打破せよ,と主張される。

教授によれば,国王,ラナ家,封建領主らはみな,「カトマンズ・ゲーム」に明け暮れてきた。そしていま,政党が同じことをしている。制憲議会解散も憲法制定失敗も,カトマンズが地方を支配するための陰謀だ。「国王もラナ家も封建領主も一つのことではほぼ同じ考えだった――人民を搾取せよ。」

教授は,これは悪質なガンのようなものであり,直ちに治療しないと「新しい暴力」が始まるだろう,と警告される。

「もし治療するつもりなら,人民の三分の二の下層の人々を引き上げる必要がある。」

中央集権国家をモデルとせよといいつつも,カトマンズ中心主義がガンであり,治療しないと再び暴力紛争が始まると警告される。いったい,どうすればいいのだろうか?

そもそも人民の三分の二の生活を引き上げることができるのなら,誰も苦労はしない。ネパール人民の三分の二,つまり1800万もの人々の生活を,いったいどのような方法で向上させるのか? 強力な中央権力なしにそんなことができるのか? 教授からは,具体的な提案は何もない。

4.人民投票による連邦制
ガルトゥング教授の提案は,矛盾と観念論に留まらず,とんでもない危険へと人々を導いていく。つまり,政党は「草の根」に働きかけよ,と扇動されるのだ。

「どの政党も組織も政府も,草の根の人々とは結びついていなかった。」

連邦制は,少数の政党だけで決められるものではない。人民にはかり決めるべきだ。つまり「人民投票が方法としてはよいだろう」という。

しかし,これは変ではないか? 多数決では決められないから,あるいは決めてはいけないから,という理由でカースト/民族自治の連邦制を提案しておきながら,結局は,数で決めよ,というのだ。

たかだか601人の議会で決められなかったことが,どうして膨大な数(2千万以上?)の有権者人民によって決められるのだろうか? 決められるとすれば,手品か奇跡だ。具体的な州区画も権限分配も決めずに,「連邦制に賛成・反対」といった観念論投票をやるのだろうか? やってやれないことはないが,実際には,このような投票は無意味なばかりか,限りなく白紙委任に近く,危険でもある。

5.マオイストは地域を変革せよ
ガルトゥング教授は,政党は「カトマンズ・ゲーム」ではなく「草の根」と結びつくべきだという考えから,マオイストに対しても「草の根」への働きかけを提案される。

「マオイストへの私の提案は,ネパールを全体として変えようとするな,地域社会に焦点を当てよ,ということにつきる。」

教授は,マオイストがこれまで村や町で何をしてきたか,よくご存じのはずである。地域の「草の根」の人々は,マオイストが中央政界に活動の重点を移してくれたので,やっと一息ついているところだ。

それなのに,教授は,そんな「カトマンズ・ゲーム」はやめ,村や町の「草の根」の人々の生活に介入し,変革せよ,と提案される。

「草の根」民主主義が,ノルウェーや欧米の国々,あるいはひょっとすると日本でも重要なのはよく分かる。しかし,状況を無視して理念を押しつけるのは,「原理主義」であり,危険である。かつて各地に設立された「人民政府」こそが,マオイストにとっては「草の根」民主主義ということになるのではないだろうか? その原点に立ち戻れということなのだろうか?

6.最高裁長官の首相任命に反対
ガルトゥング教授は,最高裁判所長官の暫定首相への任命にもまた,人民の直接表明した意思によらないとして,真っ向から反対される。それは,「専門家(エリート)支配(technocracy)への動き」であり,「政党利己支配への反発(reaction)」にすぎないというのである。

しかし,この議論も,現実を見ない観念論である。第一に,「草の根」から「人民意思」がどう形成されるのか,そして,現在のネパールでそれがどこまで可能か,といった基礎的な議論がない。まさか,選挙(投票)により「人民」の「意思」が表明されるなどといった楽観論はおとりではあるまい。

選挙がある程度有効に機能するには,多くの前提条件が満たされている必要がある。アメリカやその意を体する国連は,選挙すれば「人民意思」が発見され,それに基づく統治は民主政治だなどと無責任なことをいい,それを途上国に押しつけてきたが,これは根拠なき「選挙民主主義(electoral democracy)」である。選挙過信や「人民意思」の実体化ほど危険なことはない。ガルトゥング教授には,「草の根」民主主義と「選挙」民主主義の間の十分な架橋がないように思われる。

第二に,現在のネパールの三権のうち,正統性をかろうじて残しているのは,大統領と最高裁判所長官だけである。議会(立法権)はなく,政府(内閣,行政権)は次の政府へのつなぎ役にすぎない。政党はもちろん,2008年4月選挙に基づくものにすぎず,現在の人民の意思など代表してはいない。2012年5月末以来の無議会政治によりバタライ首相が正統性をあらかた失ってしまったことは,これまたいうまでもない。

この状況で,選挙をするとすれば,結局,大統領の下での選挙か,それができないのであれば,次善の策として,最高裁長官あるいはその選任する者を「破綻国家の管財人」のようなものとして選挙を実施するしか,選択肢はあるまい。しかしながら,最高裁長官の場合,司法権・行政権分離の原則からすると難しい問題もあるので,やはり国家元首としての大統領の下での選挙が最善であろう。民意を代表しない諸政党の談合首相任命よりも,大統領の下での選挙の方が,正統性と透明性ははるかに大きい。

ガルトゥング教授は「専門家(エリート)支配」と批判されるが,政治の場では,大統領委任独裁や,それに準ずるエリート統治が選挙民主主義よりもはるかに安全で効果的なことが決して少なくない。

議会はなく,政党も民意を代表していないとすれば,現行憲法で正統性を持つ大統領が選挙管理政府を率いらざるをえないのではないだろうか。

7.政官民有力者とのカトマンズ会談
ガルトゥング教授は,滞在中に,カトマンズで,大統領閣下をはじめとする政府高官,政党指導者,市民社会リーダー,専門職団体リーダーらと会談されるという。地方の村や町での「草の根」の人々との対話の有無については,記事には記載されていない。

――以上は,あくまでも「ヒマラヤン・タイムズ」のインタビュー記事に基づく批評である。おそらく,記事は,ガルトゥング教授の発言を正確には伝えていないのであろう。後日,大幅な訂正記事が出るにちがいない。もしそうなら,改めて,教授の正確なお考えを紹介することにする。

【参照】ガルトゥング教授関連記事

谷川昌幸(C)

JICAのCOMCAP支援事業

ネパールメディアが,JICAの地域社会調停能力向上(COMCAP)支援事業の紹介をしている。
 ■A win-win situation, Naoko Kitadate in Mahottari,Nepali Times, #591, 10-16 Feb.
 ■Local people resolving disputes on their own, ekantipur, 2011-12-29.

記事によると,COMCAP(平和的調和的社会のための地域社会調停能力向上)事業とは,次のようなものらしい。

1.紛争解決メカニズムの機能不全
紛争はどの社会にもつきものであり,したがってそこには必ず紛争解決メカニズムがある。伝統的社会であれば長老,権威的社会であれば権威者(君主,英雄,独裁者など),そして近代社会であれば合理的司法制度により,紛争は調停あるいは裁定され,解決される。

ところが,記事によると,現在のネパールでは,正式の司法制度は特に貧困者や少数派には利用困難であり,また伝統的紛争解決メカニズムは地域社会の有力者により支配されている。さらに,もし第三者に依頼すると,勝敗を決め,当事者の一方を処罰することになりがちで,これでは地域社会に新たな紛争のタネを播くことになってしまう。

そこで,従来のものとは別の,両当事者にとって納得のいく紛争解決方法として,地域社会調停が求められ,JICAがその能力向上支援を行ってきたというわけである。

2.COMCAP支援事業
JICAは,2年前から,地方開発省と協力し,マホタリとシンズリでCOMCAP事業支援を実施してきた。

各村落開発区で,27人(女性1/3以上)のボランティア調停員を選び,紛争解決能力訓練を行う。

紛争が発生すると,調停員は,両当事者の言い分をよく聞き,論点を整理し,可能な選択肢を探り,当事者自身で双方とも納得できる,win-winの解決策を発見できるように支援していく。これにより,紛争は解決され,両当事者の人間関係も修復される。

3.調停解決事例
▼ヒンドゥー対ムスリム
マホタリで,ヒンドゥーとムスリムが,同じ場所で同時に宗教儀式を行うことを主張し,対立していた。

そこに,調停員が調停に入り,話しをよく聞いたところ,ヒンドゥー儀式は別の日でもよいが,ムスリム儀式はその日でなければならないことが分かった。そこで,ヒンドゥー側が後日開催することとし,紛争は解決され,両宗教の友好関係も促進された。

▼財産分与
シンズリで,父親の財産をめぐり,3人の兄弟が争っていた。

そこに調停員が入り,話しをよく聞くと,父母はきちんと扶養されるなら財産を3人の息子に譲る意思があることが分かった。そこで,父親と3人の息子は,財産分与と3人の両親扶養分担を取り決め,合意書に署名した。

こうして,父親と3人の息子の財産紛争は解決され,家族の絆は再建強化された。

4.移行期の応急的支援事業
記事だけでは詳しいことは分からないが,これはガルトゥングの提唱するトランセンド法に近い紛争解決法のように思われる。

先述のように,どのような社会にも,その社会に適した紛争解決メカニズムがある。ネパールにも,そうしたものがあったはずなのに,わざわざ外部支援を受け和解調停能力向上を図らなければならないのは,地域社会が分解し始めたからであろう。

伝統的紛争解決メカニズムが機能不全に陥る一方,それに代わる近代的紛争解決方法もまだ出来ていない。そんな状況では,外部の権威をバックにした調停和解システムの構築は,たしかに必要であり有効であろう。

しかし,ボランティア調停員は,やはり本質的に応急的なものであって,利害の厳しい対立や複雑な紛争には対応できない。上掲事例のヒンドゥーとムスリムの対立は,通常の人間関係があれば自主解決できるものだし,父親と息子の財産分与も家族内問題か相続法問題である。

ボランティア調停は社会移行期には応急的に必要だが,新しい社会秩序が整い始めたら,新しい社会規範による自己規律・紛争防止と,それを超える問題については公権力による司法的解決に移行せざるをえない。

応急的なボランティア調停能力の向上を図る一方,費用対効果,解決の客観性と安定性を考えるなら,公権力の確立による合理的な「法の支配」への移行を支援し促進すべきであろう。

【参照】
■正義か平和か:トランセンド法の可能性
■ガルトゥング「ネパールの危機」
■ヤコブセン「ネパール平和構築・紛争転換ツールキット」
■ヤコブセン「ネパール平和構築・紛争転換: 包括的戦略のために」
■ガルトゥング提案と包摂民主制の空回り
■仏教の政治的利用:ガルトゥング批判

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/02/22 at 11:58