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大統領の専制化:選挙関連2法署名拒否

ヤダブ大統領(コングレス党)が,バブラム内閣提出の制憲議会選挙関連2法への署名・公布を拒否した(Republica, 18 Aug)。根拠は,暫定憲法第88条(1)。

暫定憲法第88条 (1)立法議会開会中を除き,大統領は,緊急対応が必要と考える場合は,この憲法の諸規定に反しない限りにおいて,内閣の助言に基づき,必要な法令(ordinance)を公布することができる。

あれあれ?! 憲法では、大統領は内閣の助言に基づき行為するはずなのに,ヤダブ大統領は,その憲法規定を根拠として,バブラム内閣提出の法律(ordinance)への署名を拒否した。議院内閣制において,そんなことがあり得るのか?

ヤダブ大統領の署名拒否理由は,11月22日予定の制憲議会選挙は事実上困難であり,また諸政党の合意もなく,大統領として「satisfy」できないから。つまり,署名・公布の諸条件が整っていないということだろう。

しかし,バブラム首相は,第88条(1)に定める「助言」をしたのであり,にもかかわらず大統領はそれに「満足」しないという。いったい,これはどういうことか? ヤダブ大統領にそのような権限があるのだろうか?

これは,日本の天皇に置き換えてみるとよく分かる。もし天皇が,内閣の「助言と承認」に満足(satisfy)せず,法律への署名・押印(御名御璽)を拒否したら,どうなるか? もし天皇がそんなことをしたら,日本の国制は根底から転覆する。天皇には,内閣の「助言と承認」に反する自由はない。何を助言されようが,たとえ天皇制廃止法であれ,機械的に署名・押印するのみだ。

ネパール大統領は日本天皇とは異なり,相当程度の政治的権限を認められている。しかし,法令署名・公布権(88条)をはじめ,非常事態権限(143条),国軍指揮権(144条),憲法施行障害除去権(158条)など,実質的な国政に関することについてはすべて「内閣の助言に基づき」権限を行使することが明記されている。それにもかかわらず,内閣の助言を無視し,選挙関連2法への署名を拒否するとは,いったい全体,この国の法治主義はどうなっているのだろう。リーガルマインドはあるのか?

このように大統領が内閣の助言を無視して行動し始めると,それは国王専制よりもはるかに危険な事態になる恐れがある。王制は歴史的に成熟した制度であり,国王には「伝統」の枠があるのに対し,大統領には,現実の力関係を別にすれば,法以外にその手を縛るものはない。その大統領が,もし法を無視し権力行使を始めたら,歯止めがきかなくなってしまう。

すでにヤダブ大統領は,制憲議会選挙には全国民的合意が必要であり,バブラム首相には選挙実施は不可能だ,と発言した。あるいは,統一共産党のオーリ元副首相によれば,ヤダブ大統領はすでにバブラム首相を暫定(caretaker)首相と認定しており,したがって大統領はバブラム首相を罷免できるし,また罷免すべきであるという。

首相(内閣)の助言に基づき行為するはずの大統領が,「満足(satisfy)」できないという理由で,首相を罷免する。そんなことがあってよいのだろうか? もし天皇が,「あいつは気にくわない」といって,野田首相を罷免したら,いったいどうなるのか?

こうしたヤダブ大統領の専制化に対し,マオイストは猛反発している。ディベンドラ・ポウデル首相顧問は,「大統領には署名・公布以外の選択肢はない」のであり,署名拒否は反民主的・反憲法的だと述べ,大統領を非難した。プラチャンダ議長も,署名拒否は混乱をもたらすと述べ,大統領を厳しく批判した。

選挙関連2法をいま成立させることが政治的に賢明か否かは,どちらとも言いがたい。しかし,それは政治判断であり,儀式的大統領の仕事ではない。コングレス党や統一共産党は,大統領の違憲の政治的利用をやめるべきだ。もし選挙関連2法を違憲と考えるのなら,政治闘争により阻止するか,もしくは最高裁に訴え阻止する努力をすべきである。それが法治主義であり,憲政の常道だ。

* Republica,18 Aug; nepalnews.com, 18 Aug; ekantipur, 18-19 Aug; Hindustan Times, 18 Aug.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/08/20 at 10:33

大統領の政治化助長

コングレス,統一共産党などが,ヤダブ大統領に対し,11月22日総選挙経費70億ルピーを認めるべきではない,と圧力をかけている。これは,予算の当否よりも,そのような要求の仕方そのものの方が問題である。

暫定憲法は,議院内閣制であり,「行政権は内閣にある」(第37条)。大統領は議会により任免され,内閣または議会議長等の助言により,憲法で定められた儀式的・形式的行為のみを行う。大統領は,国政に関する実質的な決定権限は一切持たない。大統領は,1990年憲法の定める国王の儀式的・形式的行為を継承しているのである。

ところが,その大統領に対し,NCやUMLは,首相や内閣の予算に関する助言を拒否せよ,と要求している。憲法で認められていない政治的権限を行使せよと迫っているのだ。

これは,実は,諸政党が1990年以降,国王に対して繰り返し行ってきたことだ。1990年憲法は日本国憲法よりはるかによくできた憲法であった。ビレンドラ国王も,少なくとも1990年以降は,憲法を遵守し行動しようと努力していた。

ところが,民主化により権力を得た諸政党は十分な統治能力をもたず,自党に都合が悪くなると,すぐ国王に直訴し国王介入により政治を有利に動かそうとした。国民民主党だけでなく,コングレス党も共産党も,みな同じこと,何かあると王宮に参内し,「ご聖断」を仰いだ。

それでも,ビレンドラ国王は最大限憲法を遵守し国王介入を抑制したが,ギャネンドラ国王になると,そのような抑制は一気に取り払われ,国王親政へと一気に突き進んだ。ギャネンドラ専制は,国王というよりは,国王の政治的利用を繰り返してきた諸政党の責任である。

それと同じことを,またNC,UMLなど諸政党が大統領を使ってやり始めた。暫定憲法で儀式的大統領を決めておきながら,その大統領の「ご聖断」を仰ぎ,政治介入を要求する。民主国家の政党にあるまじき,幼児的行為だ。専制は権限を越えた権力行使。それを,諸政党が大統領にやらせようとしているのだ。

大統領の民主専制は,国王専制よりもはるかに恐ろしいことを忘れてはならないだろう。

【参照】ネパール王制と天皇制:苅部直「新・皇室制度論」をめぐって

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/07/13 at 14:47

大統領制,プラチャンダ提唱

プラチャンダ議長が,また大統領制を唱え始めた。人民直接選挙による大統領制は反民主的ではないし,人民主権と国民統合の維持には議院内閣制よりも適切だという。

たしかに議院内閣制は,政党政治が熟していないと,不安定となりやすい。ネパールの場合,1990年憲法時代以来,政党内閣はいつまでも安定せず,1年前後で交代するのがほぼ慣例となっていた。政党の組み合わせも,権力ほしさのあまり党是も何も無視し,ありとあらゆる可能性が試みられたが,いずれもダメであった。野合,無節操の極みだ。

それでも90年憲法体制では,最後の拠り所として国王がいた。さんざん悪口を言われ,事実,芳しくない行為も多々あったが,少なくとも国家統合の最後の切り札としての国王(制度としての王制)の存在は大きかった。(「王制」アレルギーの方々には,朝日新聞の2012年正月特集をご覧いただきたい。王制(君主制)による民主主義批判が展開されています。)

ところが,「民主革命Ⅱ」により王制は廃止され,しかも西洋押しつけ包摂民主主義により議会は多党乱立となり,行政も何もかも各種利益集団の割拠となった。議会は何も決められず,行政はコネ・ゴネがさらにひどくなった。

これはイカンと思ったのは,われらがプラチャンダ議長だけではない。ネルー大卒で駐印大使も務めたロックラジ・バラールらも,政治的安定と経済発展には大統領制が必要だと唱え始めた。

大統領制は,いわば「選挙王制」。いま破竹の勢いの橋下大阪市長が,なぜ大胆な政策を打ち出し実行できるかといえば,直接人民(市民)により選挙された一種の「国王(君主)」だからである。「選挙」王制だから,血統世襲王制ほどの安定継続性はないが,変節朝日新聞が正月早々賞賛した王制の他の非民主的特徴の多くは,備えている。それを橋本市長はうまく利用しているのだ。

プラチャンダ議長の大統領制提唱には,おそらく自分が大統領となり,マオイスト人民独裁を達成しようとの野望もあるだろう。しかし,ネパールの現状を見ると,議院内閣制の未来は暗い。

私自身は,いまのネパールには完全な儀式的象徴君主制が望ましいと思うが,それが無理なら,やはり大統領制がよいだろう。正月の朝日新聞を読み,その思いをますます強くした。プラチャンダ議長,頑張れ!

ネパール王制と天皇制:苅部直「新・皇室制度論」をめぐって
Unitary State, Ceremonial Head and Japan’s Role in Peace Process (2007.9)

* Rising Nepal, 2012-01-23,25.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/01/31 at 11:29

マオイストの憲法案(32)

第6編 行政(3)

州行政

第91条 州行政権の行使
(1)州行政権は,州大臣評議会(内閣)にある,ただし,非常事態,中央統治の適用および州行政府不在の場合は,州知事が州行政権を行使。

(2)略

(3)州行政権執行は州政府名による。

(4)州行政権の管轄は,州リストによる。

(5)州政府命令等の認証。

第92条 州知事
(1)州知事は中央政府の代表。

(2)大統領は,当該州の首相の同意に基づき,州知事を指名する。

(3)州知事任期は5年。ただし,大統領は、必要な場合,任期満了以前に州知事を解任できる。

(4)州知事任期は,連続2期以内。

第93条 州知事の資格
(1)35歳以上。

(2)連邦議会議員となる資格を有すること。

第94条 州知事の解任
(1)次の場合,州知事は解任。
 (a)死去。
 (b)辞職願を大統領が受理。
 (c)大統領が解任。

(2)州知事が空席となった場合,大統領は,次期知事指名まで,他の州知事を当該州知事に指名する。

第95条 州知事の職能と義務
(1)州知事の職能と義務
 (a)州議会の招集と閉会。
 (b)州議会可決法案の承認。
 (c)州職員の任命。
 (d)州栄誉の授与。
 (e)州裁判所等で州法により科せられた刑の特赦等。

(2)州知事は,原則として,州大臣評議会の助言と承認に基づき,権限を行使。

(3)他の機関の助言による権限行使の場合,州知事は,州大臣評議会の助言と承認を必要とはしない。

第96条 州知事の就任宣誓

第97条 州大臣評議会の構成
(1)憲法第104条により首相を任命し,首相を議長とする州大臣評議会(内閣)を組織する。

(2)副首相,大臣,副大臣を必要に応じておく。

(3)大臣数は,州議会全議員数の20%未満。

(4)大臣は,比例包摂参加原則に基づき,州議会議員の中から選任。

(5)首相と大臣は,全体として州議会に責任を負い,各大臣は首相と州議会に責任を負う。

(6)首相の解任
 (a)死去。
 (b)辞職届を知事に提出したとき。
 (c)州議会議員でなくなったとき。
 (d)州議会全議員の1/4が提出した不信任決議案が,全議員の多数により可決されたとき。

(7)大臣,副大臣および準大臣の解任
 (a)辞職届を首相に提出したとき。
 (b)首相解任のとき。
 (c)首相の任期満了のとき。
 (d)首相が解任したとき。

(8)略[暫定内閣,暫定首相等の規定]

第98条 首相の任命
(1)州知事は,州議会により次の方法で選出された者を首相に任命する。
 (a)州議会に議席をもつ諸政党により全会一致で提案された議員。
 (b)全会一致がない場合は,州議会で2/3の議席をもつ党の代表。

(2)州議会が首相を選出しない場合,州知事が州議会最大政党代表を州首相に任命する。ただし,30日以内に州議会投票により信任されなければならない。

第99条 副大臣と準大臣
各党の推薦に基づき,州議会議員の中から必要な副大臣と準大臣を首相が任命する。

第100条 報酬等

第101条 就任宣誓

第102条 州政府の業務
(1)-(2)略

第103条 特別自治区の行政
(1)特別自治区の行政は,州行政に準じて執行。

地区の行政

第104条 地区行政権の行使
(1)地区政府の行政権は,地区政府行政部にある。

(2)-(5)略

第105条 地区政府の行政長官と副行政長官
(1)地区政府の議長が行政長官となる。

(2)副議長をおく。

(3)議長と副議長の任期は5年。

(4)議長の任期は連続2期まで。

第106条 議長および副議長の選挙
(1)議長と副議長は,多数票制成人普通選挙により選出。

(2)議長と副議長の候補者を出す政党は,別の性,カーストおよび地域から候補者を出さなければならない。

第107条 議長および副議長の解任
(1)議長および副議長の解任
 (a)-(c)略
 (d)地区議会議員の1/3による弾劾動議が2/3の多数により可決されたとき。ただし,任期初年もしくは最終年,または弾劾動議否決の1年以内においては,弾劾動議は提出できない。

(2)-(3)略

第108条 地区政府の行政部の構成
(1)構成員は,議長および副議長を含め,首都で5-11人,副首都および市で5-9人,村で5-7人。

(2)議長は,比例包摂参加原則に則り,地区議会に議席をもつ政党から当該政党の推薦に基づき行政部構成員を指名する。

(3)議長は,政党の同意に基づき,行政部の構成員を変更することが出来る。

第109条 地区政府の業務執行

第110条 地区政府行政部に関する他の規則

各階層政府の相互関係

第111条 連邦政府と州政府の間の紛争解決方法
(1)紛争解決委員会の設置。
 (a)大統領もしくは副大統領,または大統領指名の大臣会議構成員(議長)
 (b)大統領が指名する連邦大臣会議構成員,2名(委員)
 (c)紛争関係州の首相(委員)
 (d)紛争関係特別自治区の首相 / 紛争関係州の議長(委員)
 (f)法務長官(委員)

(2)-(4)略

第111条2 連邦,州および地区政府の間の紛争解決手続き
(1)紛争解決委員会の設置
 (a)-(e)略[第111条に準ずる。]

■コメント
州の知事と首相 州知事は,連邦政府の代表。州内閣の同意に基づき,大統領が任命する。州は,知事が内閣を通して統治する。つまり,州においては,議院内閣制が採られ,首相も明文規定されている。

包摂参加 包摂参加の原則は,州や地区政府にも貫徹される。州大臣や地区政府要職は,各党に比例配分され,地区政府の議長と副議長も別の社会属性をもつものでなければならない。

少数派拒否権 州や他の自治体でも,全党参加が理想とされ,それが無理な場合は2/3多数決が多用される。逆に言えば,少数派の拒否権である。

多党競争制民主主義を唱えながら,全党参加を求めるのは,矛盾である。多党競争の大前提である野党の固有の存在意義が無視されている。政党は,政権に入るか,それがいやなら少数派拒否権を武器にしてごねる。

これは健全な政党政治でも議会制民主主義でもない。いわゆる「人民民主主義」の一種である。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/08/18 at 21:39

マオイストの憲法案(32)

第6編 行政(2)

第80条 就任宣誓
(1)(2)(3) 略

第81条 報酬等

第82条 大臣会議の構成
(1)大統領は,自らを議長とする大臣会議(内閣)を組織する。大統領は,比例包摂参加原則に基づき,政党議席占有率に応じた数の大臣を各党の議会議員から選任する。ただし,連邦議会議席占有率5%未満の政党から選任する必要はない。

(2)大統領は,(1)による大臣選任に当たっては,当該政党議会指導者に諮問し推薦を得る。

第83条 大臣会議の構成員数
議会の全議員数の10%以内。

第84条 大臣の解任
(1)以下の場合,大臣は解任
 (a)死去。
 (b)辞職願を大統領に提出。
 (c)連邦議会議員でなくなったとき。
 (d)推薦政党がリコールしたとき。
 (e)大統領による解任動議を議会が多数により可決したとき。
 (f)議会全議員の1/4による不信任動議が議会全議員の2/3の多数により可決されたとき。
 (g)推薦政党の同意を得て大統領が解任したとき。

説明:本条の「大臣」には,副大臣と準大臣も含まれる。

第85条 大臣会議の議決手続き
合意による。ただし,合意が得られないときは,多数決による。

第86条 大臣の責任
大臣は個別に大統領に対して責任を負い,全体として大統領および議会に対して責任を負う。

第87条 副大臣と準大臣
大統領は,第83条に定める人数制限内で,副大臣(state minister)と準大臣(assistant minister)を指名する。

第88条 報酬等

第89条 就任宣誓

第90条 ネパール政府の業務遂行
(1)(2) 略

■コメント
大統領補佐内閣 マオイスト案で興味深いのは,首相を明文規定しないこと。大統領が直接各大臣を選任し,自らが大臣会議(内閣)議長となる。当然,各大臣は大統領に対し責任を負い,大統領により解任される。

首相は,憲法に規定がなくても,慣行により主席大臣,筆頭大臣を置き,首相として扱うことは可能であろうが,それでも成文憲法に首相規定がある場合に比べ,首相権限が不明確,不安定になることは間違いない。

インド憲法では,「大統領を補佐する大臣会議」と,その長としての首相が規定されている。形式的には大統領制であるが,大統領の実権は弱く,実際にはインドは首相が行政権を行使する議院内閣制である。

一方,アメリカの大統領顧問団(内閣)の閣僚(長官)は,大統領の指名と上院の承認によって選任され,大統領に対して責任を負う。閣僚は,議会議員を兼務できない。

マオイスト憲法案の大統領制は,米印いずれの大統領制でもない。

政党代理大臣 また,マオイスト憲法案の大原則,比例包摂参加原則は,大臣選任に当たっても貫徹される。大臣は,各政党の議席占有率に比例して各党に配分され,政党の同意を得て任免される。

こうしたことは,政党政治においては,実際には政治判断として行われることも少なくないが,だからといってそれを憲法に明文規定してしまうと,個々の大臣の自由がなくなり,各政党の単なる代理人となってしまう。しかも,各党比例配分だから,内閣の裁量の余地が少なくなり,内閣として何も決められず,適切な行政権の行使が出来なくなる。また,たとえば小政党でも大臣リコールでいつでも抵抗でき,政権の安定はきわめて困難となってしまう。

マオイスト案は,大統領制と議院内閣制の悪いところを,包摂参加民主主義を媒介として合成したような規定となっている。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/08/16 at 12:38

マオイストの憲法案(31)

第6編 行政(1)

第71条 連邦行政権の執行
(1)連邦行政権は大統領にある。

(2)大統領は,内閣(大臣会議)の同意に基づき,統治する。

(3)連邦行政は,ネパール政府の名で執行。

(4)連邦行政権の執行は,付則(5)の連邦リストおよび付則(7)の共同リストに掲げる事項に限定される。

(5)付則(3)によるネパール政府の決定または命令,およびそれに関する文書は,法律に定める方法で認証。

第72条 大統領
(1)大統領をおく。

(2)大統領は,国家元首であり,かつ政府首長。

(3)大統領は,ネパール軍の最高司令官。

(4)大統領は,ネパール国とネパール人民統一の象徴。

(5)大統領の憲法遵守義務。

(6)大統領は,ネパール人民,連邦議会および自らの党に対し,責任を負う。

第73条 大統領選挙
(1)大統領選挙は,成人普通直接選挙により5年ごとに実施。ただし,任期は2年以内。

(2)大統領選挙は,全国1選挙区とし,有効投票の完全多数[過半数]をもって当選とする。

(3)(2)による完全多数票獲得者がいない場合,上位2候補による再選挙実施。最多得票者が再選挙に立候補しない場合,残りの上位2候補による再選挙実施。

(4)再選挙は,初回選挙結果確定後,15日以内。

(5)大統領当選者のもつ他の政治的役職は,当選により空席となる。

(6)大統領に関する他の事項は法令により規定。

第74条 大統領の権限と職務
(1)国家元首としての職務
 (a)法案の認証。
 (b)特赦等の実施。
 (c)名誉等の授与。
 (d)外国大使等の信認状受諾。

(2)内閣を通して遂行する職務
 (a)通常の国家行政。
 (b)大臣への職務割り当てと実施命令。
 (c)行政による通常の平和と秩序の維持。
 (d)一般行政職員の任命。
 (e)軍の動員,開戦・和平の宣言,非常事態の宣言。
 (f)政策案,計画,プログラムおよび予算案の議会提出。
 (g)政令の発布。
 (h)行政に関する他の業務。

(3)議会を通して遂行する職務
 (a)国家諸機関の執行権を担当する役職員の任命。
 (b)大使,特別代表,最高裁長官および判事,ならびに総裁[?]の任命。
 (c)外交および条約等の締結に関すること。
 (d)年次計画,予算案等の承認。
 (e)想定外の事態のための特別プログラムおよび特別予算の要求。

第75条 副大統領選挙
(1)大統領候補者は,立候補登録の時,本人とは別のカースト,共同体,家族および性の者を副大統領候補として推薦する。

(2)当選した大統領候補者の推薦していた者が,副大統領となる。

第76条 大統領と副大統領の資格
以下の要件を満たす者は大統領または副大統領の候補者としての資格を有する。
 (a)ネパール市民として生まれた者。
 (b)35歳以上。
 (c)連邦議会の議員となる資格を有する者。
 (d)他の法により欠格とされていない者。

第77条 大統領の解任
(1)次の場合,大統領は解任される。
 (a)死去。
 (b)任期満了。
 (c)辞職を申し出たとき。
 (d)リコールされたとき。
 (e)議会議員の1/4以上により提出された弾劾動議が,議会議員の2/3の多数をもって可決されたとき。

(2)(1)により大統領が在職3年6月以内に解任されたときは,副大統領が次の大統領選挙の実施日を解任後6月以内のいずれかの日に定める。

(3)大統領が,3年6月以上在職後,(1)により解職されたときは,副大統領が残存期間,大統領の職務を遂行する。

第78条 リコール
(1)各州の10%以上の有権者は,署名を添え,大統領リコール動議を提出できる。

(2)選挙管理委員会は,リコール動議を2ヶ月以内に確認し,要件を満たしておれば,確認後7日以内にそれを議会に送付。

(3)議会が2/3の多数をもってそのリコール動議を可決したとき,大統領は解任される。

第79条 副大統領の解任
(1)以下の場合,副大統領は解任。
 (a)死去。
 (b)任期満了。
 (c)辞職願提出。
 (d)大統領弾劾動議が可決されたとき。

■コメント[一部修正8月14日]
大統領制 マオイスト憲法案は,人民直接選挙による大統領を国家元首とする「大統領制」である。大統領は,国家元首であり,国家と人民(国民)統一の象徴であり,そして国軍最高司令官である。

大統領権限の制約 大統領は,議会と内閣を通して立法権と行政権を行使する。また,大統領には任期があり,弾劾やリコールもある。

国王以上の大統領権限 しかし,その反面,法案の認証,非常事態の宣言,軍の動員と指揮などの重要な大統領権限については,具体的にはどこまでが大統領の裁量の範囲内かは,ここの規定だけでは分からない。

実際には,人民直接選挙が大統領に強力な正統性を付与し,大統領独裁となる恐れもある。運用にもよるが,大統領は1990年憲法の国王以上の権限を行使しようと思えば,十分に行使できるとみてよいであろう。

出身政党への責任 ここの大統領規定の中で,特に興味深いのは,大統領が、人民と議会に対してばかりか,自分の出身政党にたいしても責任を負うこと(第72条2)。共産党の一党独裁なら,この規定も分からないではないが,マオイスト憲法案は多党競争制民主主義を採っている。なぜ,このような奇妙な規定を置いたのか? 多党競争制は建前で,本音は人民独裁(共産党独裁)とすると,つじつまは合う。

コミュナル大統領制 それと,もう一つ,いかにもマオイストらしいと感心するのが,副大統領候補の決定方法。第75条(1)によると,副大統領は大統領とは別の社会的属性をもつ人物でなければならない。

(例) ●大統領候補者   男 バフン ヒンドゥー教徒 ・・・・
   ▼副大統領候補者  女 ネワ―ル キリスト教徒  ・・・・

これは面白い。「コミュナル大統領制」といってもよいだろう。

「国民代表」の否定 このように,マオイストの包摂参加民主主義,権力分有民主主義は,「国民代表」の理念を完全に否定してしまう。

全国1選挙区から人民直接普通選挙で選出される大統領ですら,「出身政党代表」であり,「コミュナル代表」である。「カースト代表制」と言い換えてもよい。「国民代表」などという,ブルジョア的・保守反動的な民主主義理念は完全に粉砕されている。

痛快ではある。ではあるが,「人民代表」は,裏口からこっそり引き入れられている。コミュナル政治か,人民独裁か,という選択であろうか? 

無責任な部外者にとって,これはあまりにも面白すぎるが,こんなことをやっていては,収拾がつかなくなるのではないか? コミュナリズムが強化され,アイデンティティ政治が制御できなくなり,大混乱の末,一発大逆転で人民独裁の到来。そんなことになりかねない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/08/13 at 11:50

プラチャンダ議長,憲法起草「7人委員会」委員長就任

谷川昌幸(C)

制憲議会ネムワン議長の提唱により諸政党が10月11日,高レベル「7人委員会(7 member taskforce)」を組織し,13日プラチャンダ議長を委員長に指名,憲法制定作業の促進を図ることになった。

7人委員会
  委員長: プラチャンダ(UCPN-M議長)
  委 員: カナル(CPN-UML議長)
  委 員: RC. ポウデル(NC議員会長,副党首)
  委 員: NM. ビジュッチェ(労農党党首)
  委 員: ウペンドラ・ヤダブ(MJF党首)
  委 員: プレム・シン(民主党党首,法務大臣)
  委 員: ルクミニ・チョウダリ(制憲議会議員)
                                                                   (Rising Nepal, Oct.11)

憲法草案作成については,分野別専門委員会が昨年,委員会草案を作成し議論してきたが,いまのところ合意にはいたっていない。予定では,分野別専門委員会の報告書提出締切10月17日,「憲法委員会(CC)」による憲法草案作成締切11月17日である。

この草案制定作業が大幅に遅れていたので,「7人委員会」が調査し,報告書を10月24日までに提出することになったのである。

7人委員会は10月19日,争点11のうち9つで合意に達した,と発表した。残るのは,統治制度と選挙制度だという。一見,順調そうだが,実際にはそうでもない。

大統領制か議院内閣制か?
  マオイスト: 大統領が統治する大統領制
  NC,UML: 議院内閣制。大統領は儀礼的元首

これは大問題である。選挙制度については報道なし。また,はしごを外され,メンツをつぶされた憲法委員会(CC)のニランバ・アチャルヤ議長は,政党有力者だけで決めた7人委員会には憲法上の権限はないと批判しているし,マオイストのアミキ・シュレチャン常任委員は,プラチャンダ議長の7人委員会委員長就任のことはまったく聞いていない,と不快感を露わにしている。

制憲過程を支援してきたUNMINの任期は2011年1月15日までであり,ネパール諸政党はいよいよ追い詰められてきた。期限までに,憲法制定と人民解放軍(PLA)問題の解決に目途をつけなければならない。

ネパールの政治家たちは,いつもてんでんばらばら,勝手なことを言い張りまとまりがないように見えるが,イザとなれば,結構うまく話をまとめる。落としどころを心得ている。7人委員会の設置にしても,たしかにボス談合,非民主的ではあるが,マオイストのプラチャンダ議長を委員長に据えたところなど,なかなかやるな,と感心する。

憲法制定やPLA問題解決には,まだまだ難問山積だが,最後の土壇場で,何とか決着をつけるのではないだろうか?

* eKantipur, Oct.13,19; Nepalnews.com,Oct.15,19

 

Written by Tanigawa

2010/10/20 at 12:34

カテゴリー: 憲法

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