ネパール評論

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ネパール連邦議会選挙:包摂民主主義の実証実験(3)

3.政党の本音は女性後回し
この表を見れば,各政党が女性候補を後回しにしたことは,一目瞭然。まず最初に投票される代議院小選挙区選挙では,当選165議員のうち,女性は6人だけ。三分の一ではない,たったの3%余なのだ! 各党とも男優先,女性差別丸出し。隠しようもない。隠そうともしない。本音丸出し,正直といえば正直だ。

参議院は,各州に最初から女性議席3が割り当てられているので,女性議員は当選議員の約38%。三分の一より少し多いのは,小選挙区男性優先をある程度考慮した結果でもあろう。(連邦議会各党議員の少なくとも三分の一は女性でなければならない。)

政党ごとに見ても,どの政党が特に男優先というわけではない。全政党が女性後回し。それでもひときわ目立つのが,大勝した「ネパール共産党-統一マルクス・レーニン派(UML)」で,代議院小選挙区では当選80人中,女性は2人(2.5%)だけ。その結果,最後の最後に割り当てられる代議院比例制議席は,割当41議席中の37議席(90%)が女性となった。むろん,UMLが自発的に女性を選んだわけではない。憲法の明文規定により,イヤでもそうせざるを得ないのだ。これが,マルクス・レーニン主義を党是とし,農民・労働者のために闘う人民の党の実態である。

「ネパール共産党―マオイストセンター(CPN-MC)」,「ネパール会議派(NC)」など他党も,男性優先では,UMLと大差ない。包摂民主主義を唱えながら,その第一歩といってよい,最も明確な女性の包摂ですら,現実政治の場では敬遠され,あるいは忌避されている。ネパールの政界がまだまだ男社会であり,男性優先が本音であることは隠しようもない。

といっても,そこは建前第一の形式主義の国ネパール,連邦議会(代議院と参議院)全体の各党別女性議員比率をみると,UML33.8%,MC33.8%,NC34.2%,RJP-N36.8%,FSF-N33.3%となっている。5つの国政政党のすべてが,憲法規定の女性議員三分の一の下限にピッタリ合わせている。お見事!


■UML会場雛壇は男性ばかり(UMLホームページ)

4.女性議席割当制の政治的意義
しかしながら,そうはいっても,いやまさにそうした男優先政界の現実があるからこそ,ネパール連邦議会全体でとにもかくにも女性議員三分の一を実現したことは,大きな前進であり,高く評価できる。

日本と比較してみると,その先進性は歴然。日本は,国会全体で女性議員13.1%,世界191か国中の第142位(2017年1月1日現在)。また,衆議院の女性議員は9.3%で,世界193か国下院中の第164位(2017年6月1日現在)。日本は,女性政治参加では後進国,ネパールの足元にも及ばない。頭を垂れ,先進国ネパールから謙虚に学ぶべきだ。

包摂民主主義は,繰り返し指摘してきたように,たしかに複雑で難しく,コストもかかる。しかしながら,たとえそうであっても,それが現代社会における参加・代表の公平の実現には最も有効な実効的手段の一つであることに間違いはない。

ネパールはいま,その大いなる包摂民主主義の政治的実験に取り組んでいるといってもよい。なによりもネパール自身のために,そしてまた多文化社会化せざるをえない日本のためにも,その成功を願っている。

谷川昌幸(C)

ネパールの職種別給与と経済成長率・インフレ率・預金金利

1.経済成長率とインフレ率
アジア開発銀行によれば,今年のネパールの経済成長は4.5%,インフレは10%になるという(Republica, 7 Mar)。インフレの主要因は食糧。

2.預金金利
一方,銀行の預金金利は以下の通り(定期,3月9日現在)
 Nepal Bank
 3か月=3.50%,6か月=4.00%,1年=5.00%,1-5年=5.50%
 Nepal SBI Bank
 1-3か月=3.50%,3-6か月=4.50%,6か月-1年=5.50%,1-2年=6.00%,2-3年=6.25%,3-10年=6.25%
 Himalayan Bank
 3か月=3.00%,6か月=3.75%,1年=4.50%,2年以上=5.50%

3.職種別給与(1ルピー=1.06円/3月9日)
▼公務員以外の職種=給与(ルピー/月,2014年3月9日現在)
 Food /Hospitality / Tourism / Catering=8,000
 Construction / Building / Installation=12,000
 Banking=18,333
 Legal=19,424
 Human Resources=20,000
 Administration / Reception / Secretarial=21,583
 Customer Service and Call Center=25,000
 Marketing=30,000
 Engineering=33,333
 Electrical and Electronics Trades=34,800R
 Information Technology=35,933
 Sales Retail and Wholesale=37,833
 Accounting and Finance=39,688
 Executive and Management=44,050
 Architecture=50,000
 Health and Medical=50,000
 (http://www.salaryexplorer.com/salary-survey.php?&loctype=1&loc=151)

▼公務員職種=給与(ルピー/月,2013/14年度)
 President= 109,410
 Vice President=78,560
 Prime Minister=56,200
 Chief Justice=53,580
 Speaker of the House=48,950
 Deputy prime minister=47,410
 Supreme Court justice=44,330
 Minister=44,330
 Deputy Speaker=44,330
 Chief of opposition=44,330
 Chief Whips=44,330
 State Minister=42,010
 Head of Constitutional body=42,010
 NPC Vice-chairman=42,010
 Assistant Minister=41,080
 Parliamentarian=40,160
 Chief Secretary=39,700
 Secretary=37,390
 Joint Secretary=31,730
 Under Secretary=27,610
 Section Officer=24,900
 Peon (first)=12,120
 Chief of Army Staff=39,700
 Lieutenant General=38,540
 Major General=37,390
 Brigadier General=33,259
 Colonel=31,040
 Lieutenant Colonel=28,535
 Boys=8,370
 IGP(Nepal Police)=37,390
 AIG=37,390
 DIG=32,340
 SSP=30,580
 SP=28,535
 Recruit=11,800
 IGP(APF)=37,390
 AIG=37,390
 DIG=32,340
 SSP=30,580
 SP=28,535
 Recruit=11,800
 Secondary I(Teachers)=31,730
 Secondary teachers II=27,610
 Secondary teachers III=24,900
 L Secondary I=25, 890
 L Secondary II =24,900
 L Secondary III=19,370
 Primary I=24,900
 Primary II=19,370
 Primary III=17,980
 Primary IV=15,030
 Primary V=14,020
 (注)公務員総数:約37万人[国軍95,000;武装警察31,000;警察67,000;教員88,000;上記以外の公務員89,000](ekantipur, 2013-08-03)

▼生活費(カトマンズとその近郊:単位ルピー)
 石油類(3月9日現在,http://www.nepaloil.com.np/Selling-Price/13/):
     ガソリン125/L;ディーゼル100/L;灯油100/L;プロパンガス・ボンベ1本1470
 コメ: 68/Kg
 ミルク: 51/L
 タマゴ: 111/12個
 リンゴ: 140/Kg
 トマト: 44/Kg
 アパート(寝室1):市内8527/月,市外4175/月
 (http://www.numbeo.com/cost-of-living/country_result.jsp?country=Nepal)

4.悪性インフレと共産党の責務
以上の経済指標を見ると,名目所得はかなり上昇しているが,高インフレで食糧を中心に物価上昇が続き,庶民の生活は苦しくなってきていると思われる。

ネパールは,最近はカトマンズとその周辺にしか行っていないが,すでにガソリンやホテル代は日本と同等以上,私学授業料,本代など教育費も急上昇している。食糧など生活必需品が値上がりしており,大多数の庶民にとっては低成長と高インフレの最悪シナリオだ。

これは,ネパール共産主義にとっては,真価が問われる事態だ。このところネパールの共産主義諸党は,目先の「民族」感情利用に走り,人民分断に加担してきた。が,このような戦略では先がない。

ネパールの共産主義は,国内の力関係という点で評価すれば,議会制民主主義国のなかでは世界最強といっても過言ではない。いまこそ原点に立ち戻り,「万国の」とはいわないまでも,少なくとも「ネパールの労働者・農民よ,団結せよ!」と檄を飛ばすべきではないだろうか。

140309c140309b
 ■カトマンズ:2013年11月

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/03/09 at 14:31

カテゴリー: 経済

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プラチャンダの政治センス:「連邦民主共和国同盟」結成

プラチャンダは,現在のネパールでは,ダントツの政治センスを持つ本物のカリスマである。

1.カリスマ政治家としてのプラチャンダ
首相就任後,直ちに「王様ベッド」を首相公邸に搬入させたこと,ルンビニ開発で米中要人や国連事務総長を手玉にとったこと,息子にエベレストを征服させ山頂に赤旗を立てさせたこと――これらすべてが,プラチャンダの政治センスの良さ,カリスマとしての資質をよく示している。

人民は,ネアカのプラチャンダを英雄として愛しており,その証拠に,大金・小金を湯水のごとく使おうが,息子が不倫・逃亡しようが,彼に失脚の兆しは無い。

プラチャンダ非難をしているのは,民衆ではなく,ひがみっぽい小物政治家・知識人である。民衆は,英雄が好きなのだ。

2.民族/ジャーティの政治的制御
その政治家プラチャンダは,他の誰よりも,民族/ジャーティのもつ破壊力を熟知している。人民戦争を勝利させ王制を打倒したのは,プロレタリア「階級」ではなく,被抑圧「民族/ジャーティ」である。

しかし,その一方,民族/ジャーティ帰属意識は非合理的なものであり,日常的な合理的制御は困難である。このこともプラチャンダはよく知っている。民族アイデンティティは破壊には使えても建設には使えない――この洞察をふまえ,プラチャンダはその政治的手腕により民族/ジャーティを政治的に巧妙に利用しつつ,マオイスト革命を前進させようとしているのだ。

3.両面作戦の力わざ
最近のプラチャンダの政策は,多民族(多アイデンティティ)州をにおわせることによりコングレス党と統一共産党に制憲議会選挙実施への譲歩を迫り,これが十分功を奏さないとみると,単一民族(単一アイデンティティ)州に比重を移し,両党の被抑圧民族/ジャーティ派に揺さぶりをかけるという両面作戦である。

難しい両面作戦だが,それを力わざで統合できるのが,プラチャンダのカリスマたるゆえんである。

4.戦略としての連邦共和国同盟
プラチャンダが8月13日結成し自ら議長となった「連邦共和国同盟」も,この両面作戦のなかの一戦略である。

この「同盟」結成により最も大きな衝撃を受けているのが統一共産党。ライ副議長は離党し,ジャナジャーティ(少数民族)のための新党結成を予定。他にも,離党を考えている単一民族(単一アイデンティティ)州主義者は少なくない。あるいは,離党ではなく,残留し,単一民族州のための党内闘争を強化していこうと考えている幹部も少なくない。(ekantipur,16-17 Aug)

そうしたなか,最も注目されるのが,バイダCPN-M議長だ。もし彼が「連邦共和国同盟」に参加することになれば,プラチャンダ議長の完勝ということになる。

プラチャンダは,単一民族(アイデンティティ)州など,実現不可能であることをよく知っている。よくわかった上で,その強力なエネルギーを政敵の破壊に利用しようとしているのだ。

こんな恐ろしく危険なことを平然と仕掛けることができるのは,彼が偉大な政治的カリスマだからである。

(参照)Anurag Acharya, “In the name of peace and constitution,” Nepali Times, 16 Aug.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/08/17 at 14:49

6州案・11州案答申,国家再構築委員会

国家再構築委員会(SRC)が1月31日,合意を得られないまま,6州案,11州案の2案を提出した。

■11州案(多数意見。マオイスト,マデシ,一部UML)
 Karnali-Khaptad, Madhes-Abadh-Tharuwan, Magrat, Tamuwan, Narayani, Newa, Tamsaling, Kirat, Limbuwan, Madhes-Mithila-Bhojpura,Dalit(非領域州)
 ダリット州以外の10州はスターリン型領域民族州で,多数派民族に優先権が与えられる。連邦政府と州政府の権限分割不明確。

■6州案(少数意見)
 タライ2州: 民族・歴史・文化による州区分
 他の4州: 経済関係による州区分
 残余権: 連邦政府

もうムチャクチャ。 多数意見の11州案では,州内少数派は現在以上に不利な立場に立つ。またダリットにだけ特権を与え,非領域的自治州にするのは奇策だが,こんなことをして本当に大丈夫か? ダリットをレンナー型非領域的民族州とし自治権を与えれば,当然,他の非集住型民族・集団も同じことを要求する。「土地なし農民州」なんかが出来たりして。

6州案の方も,州区分の根拠があやふや。しかも,もしこれをやれば,タライ2州はおそらく分離し,インド準州となるだろう。

こんな非生産的なバカなことはやめ,単一国家の地方自治の充実拡大に戻るべきだ。

* ekantipur,2012-1-31

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/02/02 at 18:57

カテゴリー: 憲法, 民族

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民主主義か能力主義か? 火だるまの包摂参加法案

BK.グプタ法務大臣(タライ・マデシ民主党)が閣議に提出した「包摂参加法案(Inclusive Bill)」が,官僚たちの猛攻撃を受け,炎上,3人委員会で再検討されることになった。

提出された「包摂参加法案」によると,すべての公共部門の人員の48%が,ジャナジャーティ,女性,ダリットらの被抑圧諸集団に割り当てられる。残りの52%が公募。国民の29%を占めるブラーマン・チェットリは「その他」に分類され,特権なし。

カースト/民族分類は「制憲議会選挙法」と同じとはいえ,それを公共部門全体に適用するというのは,まさに革命的,超民主的で感動的だ。すごい,これは実にスゴイ!

この超民主的・超革命的「包摂参加法案」にたいして,官僚たちは,もちろん大反対。そんなことをしたら,いまでも問題山積の行政がさらに不効率となり,大混乱,立ち往生してしまう。公務員は,能力主義(meritocracy)により公平に採用し,昇進させるべきだという。人民のための効率的行政を考えたら,この議論にも,たしかに一理ある。

民主主義か能力主義(エリート主義)か? これは根源的な対立であり,こんな原理的議論が,現実政治の中で,このような素朴な形で戦わされている国は,他にはない。ネパールは,民主主義論の生きた学校教材としてもたいへん魅力的である。

実は,私自身にも,この問題をめぐる苦い経験がある。かつて,もっとも民主的な組合の1つとされる労働組合の代議員会にはじめて出席したときのこと。全員が男性だったので,「これはイカン,代議員の半分は女性にすべきだ」と発言したら,某有名国立大学の代議員(教員)に「そんなことをしたら不公平,能力で選出すべきだ」と猛反対され,孤立無援,ボコボコにされ,却下されてしまった。民主的とされる労働組合にして,これ。能力主義(エリート主義)の民主主義攻撃がいかに強力か,骨身にしみて実感させられた次第。

さて,ネパールはどうするか? 包摂参加民主主義は,欧米と国連がネパールに押しつけてきたもの。その本家欧米,特に欧州では,包摂参加民主主義の諸問題がEU危機をきっかけに一気に噴出,もはや破綻寸前となっている。それでも,ネパールは欧米や国連に義理立てし,包摂民主主義を押し進めるか? ネパール民主化は,いま岐路に立たされているといってよいだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/01/06 at 20:26

カテゴリー: 民主主義

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マオイストの憲法案(33)

第7編 立法

第112条 立法部の構成
(1)連邦人民代表議会を設置する。一院制立法機関であり,連邦人民共和国の最高機関。
(2)人民代表議会は3階層。連邦人民代表議会(中央)-州人民代表議会(州)-市・村人民評議会(地域)。

第113条 連邦人民代表議会
(1)人民の主権は,人民自身により,または選出された代表を通して行使。
(2)連邦人民代表議会は,国家の最高立法機関。
(3)連邦人民代表議会は,自ら,または議会設置の機関を通して,国家のすべての機関を設置し,指揮監督する。
(4)連邦人民代表議会は,直接選挙により構成される。選挙は,大選挙区の全包摂的完全比例代表制。選挙区と代表に関する手続きは法律で定める。
(5)散在するが人口の多い貧困農民,ダリット,ムスリム等の被抑圧者社会諸集団は,連邦人民代表議会において適正に代表されなければならない。
(6)連邦人民代表議会の代表枠に必要な最低限度の人口以下のカースト/民族および社会集団の場合,あるいは特殊技能者集団および専門職集団の場合は,補則により議員数を定め指名する。
(7)連邦人民代表議会の議員定数は,245人。
(8)連邦人民代表議会は,年2回開会。大統領が招集。新会計年度開始時の議会を予算議会,その後の議会を立法議会と呼ぶ。会期の間隔は,6ヶ月未満。
(9)4分の1以上の議員の要求により,10日以内に特別議会が招集される。
(10)議会の招集と閉会は,国家元首が行う。通知は連邦人民代表議会の議長。
(12)議会運営手続き(略)
(13)閉会中の立法関連業務は,常任委員会が担当。常任委員会は,各州1人以上の比例代表により選出される15人以内の委員をもって構成。委員長と副委員長は職権上の職。
(14)常任委員会に関することは,人民代表議会が決定。
(15)人民代表議会議員の被選挙権は25歳以上。
(16)人民代表議会の任期は5年。
(17)連邦人民代表議会は,国家の最高機関。重要な権限は,国家の法律制定,大臣会議(内閣)の組織,憲法設置諸機関の長と委員の指名,弾劾動議および不信任動議の可決,国家諸機関の統制・監視・指揮,税・債務・保証の承認,条約および協定の批准など。
(18)連邦助言者評議会の設置。大統領を議長とし,各州知事をもって構成。連邦と州の間,および州間の調整を行い,必要な助言をする。
(19)連邦立法部に必要な専門委員会を設置。

第114条 州人民代表議会
(1)州人民代表議会の設置。議員定数は15~45人。カースト,言語,自然資源,地理および人口密度を考慮し,構成。
(2)州人民代表議会の構成は,完全比例制の大選挙区制による。
(3)労働者,貧困農民,ダリットは,州人民代表議会において代表されなければならない。
(4)州人民代表議会議員の被選挙権は23歳。任期は4年。
(5)州人民代表議会は,憲法と法律に則り,外交などの連邦管轄事項以外のことについて,自治権を有する。法制定,政策決定,規制など。
(6)大統領は,連邦人民代表議会の適正な助言に基づき,州人民代表議会を解散する。
(7)州人民代表議会は,議員の中から首相を選出し,州政府元首とする。被抑圧民族を基礎として画定される各州の首相は,先住民族の多数を基礎として選出され,任期は連続2期まで。首相は,州人民代表議会と連邦政府に対し責任を持つ。
(8)州議会は,議員の中から議長と副議長を選出。
(9)連邦政府は,州政府と連邦政府の間の調整をするため,州代表を指名する。その指名は州政府の同意に基づく。

第115条 市と村の人民代表評議会
(1)地域自治体として,市人民代表評議会と村人民代表評議会を設置。
(2)地域人民代表評議会議員は,比例大選挙区制の直接選挙により選出される。
(3)議員の10%以内は,周縁的な階級・集団・特殊技能者からの指名とする。
(4)地域人民代表評議会の任期は4年。

第116条 認証と政令
(1)大統領は,連邦人民代表議会の可決した法案を認証する。州知事は,州人民代表議会が可決した法案を認証する。
(2)連邦人民代表議会開会中を除き,政府はいつでも,法律の規定外の事項に関する政令を制定施行できる。政令は,議会制定法と同等の効力を持つ。
(3)政令は,開発・建設,特権,安全保障および社会集団間の調和のため以外には制定されない。
(4)政令は,連邦人民代表議会の常任委員会に提出される。政令は,常任委員会による期間を定めた施行承認によって有効となる。
(5)政令は,開会後,議会が可決しない場合,失効する。

第118条 特権
(1)人民代表議会議員は,議会内での発言や投票について,いかなる法的責任も問われない。
(2)議会議員は,刑法犯罪を除き,会期中は逮捕されない。

第119条 リコール
(1)人民代表議員が職責を果たさず,あるいは明白な憲法違反を行い,有権者の多数が当該議員のリコールを申し立てる場合,リコール提案を選挙管理委員会に提出できる。
(2)選挙管理委員会は,2ヶ月以内に調査し,リコールが妥当と判断するなら,7日以内に決定を宣言し,必要な場合は,再選挙日を定める。

■コメント
立法部は,一院制で,中央-州-市村の三層構造。

最大の特徴は,何といっても,代表(議員)選出方法。比例包摂参加原理を徹底し,ありとあらゆる社会集団ごとの比例参加を最大限制度化している。

繰り返しになるが,この包摂参加はあまりにも複雑で,およそ実行可能とは思われない。もしこれを強行すれば,いたるところで複雑な交渉が必要となり,コネ・エゴ・脅しが今以上に蔓延し,ネパール政治は最低限のアカウンタビリティさえもうしない,制御不能の伏魔殿となってしまうであろう。

伝統的な多文化・多民族に加え,新しい生活様式や職業の多様化,階級格差の拡大も進行しており,インド同様,社会諸集団の包摂参加は不可欠とはいえ,支持を得るため諸政党が競ってそうした社会諸集団のアイデンティティに訴えかけることは,あまりにも近視眼的,安易であり,国家統治にとっては,きわめて危険だといわざるをえない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/10/07 at 09:43

マオイストの憲法案(28)

第5編 国家の階層構造と国家権力の配分(1)

第59条 定義
 (a)連邦=最上位レベル。連邦制ネパールの総体。
 (b)州=ネパールを構成する州。
 (c)地域レベル=州内の村と市。
 (d)特別機構=州内の自治区、特別区、保護区
 (e)自治区=特定の民族もしくは共同体または言語集団の集住する州内の地区。
 (f)保護区=小集団、極度に周縁化された民族集団、共同体および文化地域の保護育成のため設定される州内の地区
 (g)特別区=(e)または(f)以外の地区で経済的社会的に低開発の地区。
 (h)国家権力=国家の行政権、立法権および司法権。
 (i)リスト=連邦、州、地域および特別機構の下に設定される自治区が行使する憲法上の具体的権利のリスト。

第60条 国家の階層構造と国家権力の形態
 (1)ネパールの国家権力は連邦、州、地域および特別機構が行使。
 (2)連邦、州、地域および特別機構は、ネパールの国民統一、統合および主権、国の長期的利益、総合的開発、多党競争制民主主義および比例的・包摂的代表の権利を遵守。
 (3)自治区の先住民族のアイデンティティと自治の保障。

第61条 連邦制ネパールの階層構造
 (1)連邦制ネパールの基本構造は、連邦、州および地域の3階層からなる。
 (2)連邦と州には、立法部、司法部および行政部を設置。
 (3)地域政府には、本憲法付則8により地域法に基づき権限を行使する立法権、行政権および司法権をもつ選挙制評議会を設置。
 (4)(1)の他に、州内に自治区、特別区および保護区を設置。
 (5)自治区には、本憲法付則7により地域法に基づき権限を行使する立法権、行政権および司法権をもつ選挙制評議会を設置。

――以上のように、マオイスト憲法案の統治構造はきわめて複雑であり、しかも自治権が各レベル政府(自治体)に大幅に認められている。地域レベルの村や市には立法権、行政権の他に、司法権すら認められている。

その一方、ここでも国民統合や国家主権が明記されており、運用次第で、分権的とも中央集権的ともなりうる。

また、このような複雑な統治制度を実際に効率的に運用できるかどうかも、はなはだ疑問である。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/08/05 at 08:45

カテゴリー: マオイスト, 憲法

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