ネパール評論

ネパール研究会

Archive for 4月 2012

民族州の妖怪

1.民族州の妖怪
新憲法案の策定期限が近づき、いよいよ民族州――アイデンティティ政治――の妖怪が、あちこちで跋扈し始めた。民族州に関する各党派の主張は次の通り。

■マオイスト急進派(バイダ派)、マデシ急進派
 民族州。民族自治。民族・アイデンティティを基礎に州を画定。14州以上。
■マオイスト体制派(プラチャンダ議長、バブラム首相)
 民族を基本としつつも、多元アイデンティティ容認。10州案。
■UML
 民族 + 多元アイデンティティ。12州案。
■NC
 民族州は認めない。経済的安定性、地理的まとまりを考慮し、州を画定。7州案。
■王党派
 単一国家。立憲君主制。「国民」アイデンティティ重視。

2.「民族」の政治的利用
「民族」については、そもそもマオイストが革命に利用してきた。マオイストは、マルクス主義政党であるにもかかわらず、「階級」は名のみで、実際にはもっぱら「民族」に訴え、「民族」を動員し、人民戦争を戦い、勝利した。その限りでは、バイダ派の「民族州」要求は一貫している。

しかし、「民族」あるいはナショナリズムは、強力なだけに副作用も大きく、下手に利用すると、その魔力に取りつかれ、破滅をまぬかれない。この観点からは、「民族」を革命に利用し、勝利すると、それの棚上げを図るプラチャンダの方が、政治的には成熟しているといえる。

UMLとNCは、マオイストを王政打倒に利用しただけで、「民族州」については、程度の差はあれ、積極的ではない。

3.「民族州」の陥穽
「民族州」については、実際には実現不可能であり、もし強行すれば、極めて危険なことになる。

ネパールのどの地域を見ても、1民族ではありえない。そして、実際に問題になり、本当に守るべきは、民族州を構成しうるほどの大民族ではなく、そうした地域内の「少数民族」の方である。

たとえば、タマン州がつくられタマン自治が認められたら、その州内の他民族が不利な状況に追い込まれることは明白である。

そうした状況を回避するには、すべての民族に自治権を与える、つまり百数十の自治州をつくるか、あるいは各州ごとに「民族浄化」を実施し、「単一民族州」を実現する以外に方法はない。しかし、いずれも実行不可能なことは、いうまでもない。

4.単一国家の地方自治
以上を考え合わせると、連邦制採用それ自体の妥当性が問題になる。本当に、連邦制にせざるを得ないのか? なぜ、単一国家の地方自治拡充ではいけないのか?

旧体制の頑迷固陋を考えると、「革命」が歴史の要請ではあろうが、革命にはそれ相応の危険が伴う。可能なところでは、最大限「改良」の努力を惜しむべきではあるまい。

▼連邦制については、下記「連邦制」タグをクリック。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/04/30 at 11:06

玄葉外相の短時間訪ネ

玄葉外相が、この土日、訪ネする。外相としては35年ぶりだが、訪印前のごく短時間の滞在。大統領、首相、外相らと会見し、農業支援や選管支援の協定に調印する予定。選管支援は、次の議会選挙が想定されているらしい。

日ネ友好にとって、外相など政府要人の訪ネが望ましいことはいうまでもないが、日本の場合、なぜか「ついで」の印象が強い。マスコミは、「森首相の16時間訪ネ」などと、いつもイヤミったらしい紹介をする。今回も、「玄葉外相の17時間訪ネ」として記録に残されるのかもしれない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/04/28 at 14:39

カテゴリー: 外交

正義か平和か、真実和解委員会

人民戦争中の人道犯罪、人権侵害について、免責するか否かが大問題となっている。難しいが、当事者にとっては今後の人生を左右する重大事であり、また和平にとっても避けては通れない課題である。

人民戦争による死者は16000人以上、行方不明者は1000人以上とされ、拉致、拷問、レイプなどの人権侵害や財産強奪など犯罪行為も無数にあった。加害者は政府側、マオイスト側の双方。

議会設立の「真実和解委員会」は、双方に対する全面的免責を検討している。これに対し、HRW(人権監視)やICJ(国際法律家委員会)は、全面的免責は国際法やネパール政府の約束する人権尊重の基本方針に反すると警告してきた。被害者には、事実関係をしり、補償され、加害者処罰を要求する権利があるという。

真実和解委員会については、「包括和平協定(2006)」や「暫定憲法(2007)」が設置を定めている。包括和平協定5.2.5によれば、真実和解委員会を設置し、人権侵害の事実関係を調査し、社会的和解の実現を目指すことになっている。また、暫定憲法第33条(s)も、同様の規定をしている。

真実和解委員会は、もともと処罰が目的ではなく、事実関係を解明し、加害者が加害事実を認め、心から反省することによって、被害者もそれを受け入れ、罪を許し、和解を達成することを目的としていた。南アフリカのような複雑で根深い社会対立が長期間継続したところでは、結局、それしか和解達成の方法はなかったといってよいだろう。

しかし、この真実和解委員会方式は、ネパール紛争には適用しにくい。欧米人権平和団体が最新理論として強引に持ち込んだようだが、私は当初から懐疑的だった。ネパール紛争のような、加害者・被害者が比較的明確で、10年ほどの比較的短期の内戦に真実和解委員会を使えば、結局、正義が無視され、加害が免責されるだけとなる。被害者の不満は鬱積し、いずれ紛争が再発するだろう。

しかし、その一方、犯罪処罰による正義を追求していけば、平和が遠のくこともまた、残念ながら事実である。たとえば、正義を追求すれば、プラチャンダ議長やバブラム首相も紛争中の人道犯罪や人権侵害について責任を免れないだろう。

正義か平和か? 難しい選択である。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/04/26 at 10:15

カテゴリー: 司法, 平和, 人権, 人民戦争

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連邦首都、チトワン

マオイストが、チトワンを連邦首都として提案することを決め、他党も肯定的という。

首都チトワンは、いずれかの州の一部ではなく、特権的な「首都」として位置づけられる。カトマンズは、あまりにも猥雑で、連邦首都の品格に欠ける、ということらしい。

もし「首都チトワン」が実現すれば、経済も政治も中心はチトワンに移り、カトマンズは徐々にさびれ、いずれ山間の一地方都市となってしまうであろう。

さすがプラチャンダ、構想雄大で、うまくツボを押さえている。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/04/25 at 21:35

カテゴリー: マオイスト, 政治

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ミスコン批判社説、「美の商人」粉砕!

本格的なミスコン批判が、ようやくネパールにも現れた。ekantipur, “Beautiful and damned,” Apr20. めでたい。

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そもそもマオイスト政権下のミスコン熱が異常だ。王制下なら、王制そのものが美の権威だから、ミスコンもあり得るし、また、万物を商品化する資本主義なら、女を競りにかけ、最高の値札のついた女に「ミス」の品質証明を与えるのは原理適合的であり、理にかなっている。

しかし、マオイストは王制も資本主義も否定しているのであり、したがってミスコンも当然認められないはずだ。また、ミスコンは、人権や民主主義の観点から見ても、理念に反し、許容できない。

ところが、ネパールでは、マオイストも他の人権主義者・民主主義者もミスコンを許容している。ミス・ネパールを筆頭に、ミス・タマン、ミス・ライ、ミス・ルンビニ、ミス・チェットリ、ミス幼稚園、ミス・カレッジ・・・・。ミスの競演であり、狂演だ。まったくもって、バカげている。

カンチプール社説は、「美女」は社会的に構成された概念だという、C.ダーウィン以降の常識の確認から始める。かつて「豊満」が美女とされたのは、それが富を象徴していたから。現在、「痩身」が美女とされるのは、ダイエットに時間と金を浪費した結果だから。

この社会的構成としての「美」を熟知しているのが、企業。「美女」はビールから車まで、あらゆるところで商売に利用されている。

そのお先棒担ぎが「美の商人」。ミスコンにより、「美女」概念をでっち上げ、世間に広め、認めさせる。

ミスコンで「美女」概念が確立すると、大多数の女性は「ブス(醜女)」を自覚させられ、劣等感にさいなまれる。そして「ミス」のようになるため、化粧品や健康用品を買い、ジムに通い、あるいは美容整形に走る。身体的・精神的に有害なことを自ら選択して実行させられ、拒食症や神経衰弱に陥り、はては病死や自殺に追い込まれる。

カンチプール社説は、論旨を要約すれば、こう断罪している――ミスコンの主催者や審査員はいうまでもなく、参加女性自身も、そうした社会悪への加担者である。ミスコンはビジネスであり、弱者から搾取するためのイベントだ。この事実を冷静に見据え、「美の商人の専制」から女性を解放せよ。

まったくもって、正論。マオイストや他の時流迎合人権主義者・民主主義者よりも、カンチプールの方がはるかにまともであり、ラジカルだ。長い目で見ると、「死の商人」よりも「美の商人」の方が、ネパールにとっては危険かもしれない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/04/24 at 08:15

カテゴリー: 社会, 文化, 人権

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憲法制定手続きの改正

バブラム内閣は4月19日、暫定憲法第70条を改正し、憲法制定手続きを簡略化することを決定した。5月27日の新憲法制定期限に間に合わせるため。

現行第90条は、民主主義原理主義により超理想主義的な憲法制定手続きを定めている。いつものことで、こんな観念論など、実行不可能だと思っていたら、案の定、面倒なので改正し、簡略化するという。いつもの、「立憲主義」「法の支配」を空文化する最悪のパターン。

改正案によれば、新憲法案は制憲議会出席議員の2/3の賛成で可決成立する。国民投票も不要。まぁ、こんなところが現実的であろう。

* Rising Nepal, Apr19

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/04/22 at 10:17

カテゴリー: 議会, 憲法

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暫定ミニ憲法制定の陰謀

プシュパラジ・シュレスタ「暫定ミニ憲法制定の陰謀」(People’s Review, Apr13)によると、三大政党(M,NC,UML)は、①制憲議会の延長はしない、②それまでに新憲法を制定する、③新憲法は暫定ミニ憲法とする、との合意に達したという。王様の「人民評論」記事だが、ありそうな話だ。

この筋書きは、印ネパール学の権威SD.ムニ教授によるものという。著者によると、ムニ教授は、インド製「12項目合意」による王制廃止と国軍弱体化を賞賛し、かくしてネパールのシッキム化、あるいはブータン化を画策している。

このムニ教授批判の妥当性はさておき、現状からすると、5月27日までに完全な新憲法案を作成し、議会で審議し、修正可決することは、かなり困難である。もしそうだとすると、とりあえず暫定ミニ憲法を制定して選挙を実施し、選挙後の新議会で本格的な新憲法を制定するという可能性は十分にあるといえよう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/04/19 at 08:02

カテゴリー: 議会, 憲法

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政治家プラチャンダ、人民解放軍解体

さすがプラチャンダ、開始よりもはるかに難しい革命終結を、電光石火の人民解放軍解体により、鮮やかに達成してのけた。M・ウェーバーによれば、政治家は大義への情熱と現実を見据えた冷静な判断力を併せ持たねばならない。この難しい判断基準からしても、プラチャンダは高く評価されよう。

17世紀イギリス革命でも18世紀フランス革命でも、革命は急進派の先導で前進するが、旧体制の「時代遅れ」の部分の破壊がほぼ完了すると、多数派の中間派は破壊の「行き過ぎ」をおそれ、革命理念実現以前に革命を終結させた。どの革命においても、急進派は、革命推進に利用され、ある時点で、中間派により切り捨てられる宿命にある。

非情だが、それが歴史の法則であり政治の鉄則である。不完全な存在である人間にとって、完全な社会はユートピアであり、もし仮に実現されるとすると、それは恐るべき デストピアとなるであろう。

むろん、ネパール革命(人民戦争)をここで終結させることが妥当か否かについては、議論の余地がある。最終的には、後世の人々の評価にまたねばならないが、ネパールの現状を考えると、ここでいったん革命を終結させるというプラチャンダの判断は、決して不合理な選択とは思えない。プラチャンダは、ネパールの現実を見据え政治家として決断したのであり、やはり剛胆な政治家らしい政治家といってよいだろう。

プラチャンダが4月10日解体した人民解放軍(PLA)は、人民戦争終盤には3~4万人ともいわれる大勢力であったが、2006年11月停戦成立以降の資格審査の結果、19602人にまで削減され、全国各地の駐屯地(cantonment)に収容されていた。

さらにこの19602人についても、手当給付(50-80万ルピー)による除隊が募られた結果、2011年11月時点で国軍統合希望は9705人にまで減少した。しかし、それでもまだ国軍統合希望者が多すぎるため、和平交渉は難航した。その一方、新憲法制定期限は5月27日であり、もはや和平手続きのこれ以上の遅延は許されない状況になっていた。

この切羽詰まった状況で、プラチャンダが決断した。4月10日、軍統合特別委員会(議長=バブラム首相)において主要3党(マオイスト、NC、UML)が人民解放軍(PLA)を国軍(NA)の統制下におくことに合意し、それに基づきバブラム首相が直ちに国軍と武装警察隊(APF)を15駐屯地に派遣、翌11日にはPLA戦闘員と武器のすべてをNA管理下に置いた。

この決定に対し、バイダ派など急進派は、もちろん激しく怒り、プラチャンダを「革命への裏切り者」と非難した。しかし、抗議活動は不発に終わり、それどころかPLA幹部の中には部下からの攻撃を恐れ逃亡する者やNAに保護を求める者さえ現れた。こうして、あの鉄の団結を誇ったPLAはあっけなく瓦解したのである。

これは、急進派からすれば国軍への屈辱的「降伏」以外の何物でもない。PLA戦闘員の多くが名誉ある国軍統合への希望を失い、雪崩を打って除隊を選択し始めた。4月17日現在、6106人が手当給付除隊を希望し、国軍統合希望は3599人となった。さらに減少が見込まれている。

この人民解放軍解体は、プラチャンダ自身にとっても、大きなカケである。これにより、彼は強力な実力による権力の裏付けを失い、また急進派からは今後、「革命への裏切り」「反革命」「クーデター」などといった罵倒を浴び続けることになる。権力も名誉もすべて失うことになるかもしれないが、それでも彼は政治家として決断し人民戦争を終結させたのである。

この決断の評価は当然わかれる。しかしながら、プラチャンダなくしてはおそらく、革命諸勢力を結集して10年にも及ぶ人民戦争を戦い抜き、これほどまでに徹底的に半封建的旧体制を打倒し、そして、このような形で革命を終結させることはできなかったであろう。

毀誉褒貶は偉大な政治家の勲章。プラチャンダはやはりエライ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/04/18 at 08:21

交通安全協会の安全性?

交通安全協会については、30数年前の免許証取得以来、その不合理性に耐えかね、機会あるたびに廃止を要求してきた。

たとえば、住所変更。こんな事務手続きなど、警察署窓口で変更届を書き、提出すればすむはずだ。ところが、そうはさせてくれない。必ず、交通安全協会(別の場所にあることが多い)に出向き、書類を作成してから、警察署の免許証係への提出を要求される。まったくもって不合理。お役所仕事。「交通安全協会」を存続させるためだけに余分の仕事を作り、仕事を割り振っているとしか思えない。

免許証の交付・更新・変更などの手続きに人手がいるのなら、堂々と人員要求をし、正規職員として窓口に配置すればよい。合理的な要求であれば、納税者は決して文句を言わないだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/04/17 at 07:54

筑後のネパール

この土日,日田・阿蘇方面に行ってきた。久留米の石橋美術館見学後,久大本線快速で終点の「筑後吉井」まで行き,乗り継ぎ時間が長かったので,町に出てみた。


 ■筑後吉井駅

筑後吉井は,古い宿場町で,伝統的建造物群保存地区に指定されている。その古い蔵造りの商家の一つで,ネパール手工芸品を展示販売していた。面白い取り合わせであり,ここでもネパールか,といささか驚き感心した。


 ■ネパール手工芸品販売(室内)と,窓ガラスに映った向かいの町並み

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/04/09 at 19:39