ネパール評論

ネパール研究会

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タライ民族自治の正義と国民国家の理念

州区画をめぐる紛争がカイラリ,ラウタハト,ジャナクプルなどタライ各地で激化していることを危惧したモディ印首相が,8月24日,コイララ首相に電話し,諸民族の調和と話し合いによる問題解決を要請した。また,これは未確認だが,Economic Times(26 Aug)によると,印首相は治安強化支援にさえ言及したという。タライは印国境沿いであり,モディ首相としては座視し得ないということだろうが,こうした電話は,大国からの政治的圧力,あるいは内政干渉と受け取られても致し方あるまい。

制憲議会審議中の7州案に対しては,他にも反対は少なくないが,いま反対運動の中心になっているのは,タライのマデシとタルー。彼らの主張はきわめて明快であり,民族自治の理念を認めるなら,「タルー州」や「マデシ州」の要求を拒否することは難しい。そのことを外国メディアの気楽さからイラストで単純明快に図解したのが,India Today(25 Aug)。ネパールを1本のソーセージにたとえ,縦切りにするか,横切りにするか,と問いかけている。

 150828a■国民国家の理念,一つの国民一つ国家
 150828b■憲法案の縦割り連邦制
 150828c■マデシ,タルーの横割り連邦制

これは分かりやすい。縦割り州区画をすると,タライは丘陵地(伝統的支配民族/カースト)に従属したままとなる。これと対照的に,横割り州区画をすると,タライでは,そこに多数居住するマデシやタルーの人々の民族自治が実現する。

しかしながら,「マデシ州」や「タルー州」にも,いくつか難点がある。一つは,いうまでもなく,州内少数民族の権利をどう守るのかということ。そして,もう一つは,横割りでタライに1つないし2つの州をつくり,大幅な自治権を認めると,タライと同じ諸民族がインド側にも多数居住しているので,タライはインドとの関係を強化し,北方丘陵地,とくにカトマンズからは自ずと離れていくことになる。すなわち,国家分裂の危機である。

タライには,たしかに「民族自治」の正義がある。しかもその上,タライは,北方丘陵地,特に首都カトマンズへの補給の要所を握っている。タライは,その気になれば,いつでもカトマンズを兵糧攻めに出来る。すでに,この数週間のタライ闘争で,カトマンズでは生活必需品が不足し物価高騰が始まっている。タライには,正義に加え,強力無比の対カトマンズ闘争手段もある。宿痾の内輪もめさえ自制できれば,タライ勝利の可能性は高い。

しかし,そうなれば,今度はネパール国家分解の恐れが出てくる。民族の正義と国民国家の理念との相克-ーこれは難しい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/08/28 at 20:19

カテゴリー: 憲法, 民族

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名無し11州案

4党玉虫合意の連邦制案によれば、州の数は11だが、名はまだない。漱石の猫には名はないが、これは別格、一般に名のないものは存在しないに等しい。


(Telegraph)

これは、古来、実在論vs唯名論として盛んに議論されてきた、哲学的には難しい問題だ。しかし、日常生活で考えるなら、名(名前・名称)は単なる記号ではなく、本質である。

私たちは、物事に名をつけることによってはじめて、それをそれとして識別できる。名無しの権兵衛は、いわば「物自体」であり、識別できず、したがって存在しないも同然だ。人間にとって、名前こそが本質であり、名付ける者が所有者・支配者となる。逆に言えば、名を明かすことは身を任せること、名を奪われることは存在を否定されることである。このことに関しては、夫婦別姓問題との関連で、幾度か議論してきた。ご参照いただきたい。
 ■夫婦別姓

さてそこで、名無し11州案である。いくら11州と決めても、名無しでは、実際にはほとんど何も決めたことにはならない。名付け親は誰か? それもはっきりしないのに、命名は無理だ。

無難にいくなら、東西南北や山河の名称がよい。それも難しいなら、第1州、第2州・・・・、あるいはア州、カ州、サ州・・・・と命名し、公平のためローテーションとする。結局、従来の開発区名、県名でよい、ということになりはしないか? それでよいようにおもうが、いかがなものか。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/05/18 at 11:14

カテゴリー: 憲法, 民族, 民主主義

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「民族州」紛争,極西部でも

極西部で「民族州」分割派と反分割派が対立,2週間にわたってバンダ(ゼネスト)が続き,大混乱となっている。空港・道路封鎖,官庁・学校・商店も休業。食糧・医薬品不足が深刻になってきた。

「民族州」要求の最強硬派は「タルー共闘委員会」。「タルー自治州」設立が目標だ。これに対し,反分割派は,非マオイスト系の諸集団。女性,労働者,農民,ダリットらが,分割反対ゼネストを闘っている。

攻守交代。先述のように,「民族」を「革命」にさんざん利用してきたのがマオイスト。いまさら「タルー自治州」弾圧に回るわけに行かないだろう。それとも,われらがプラチャンダ,人民解放軍の次に「民族」を切り捨て,革命を終息させるのだろうか?

西でも東でも,「民族州」紛争拡大。次は,いよいよ北か?

●マオイストの10民族州案 (ekantipur,2012-04-27)
 1. Limbuwan-Mechi: Including all of Mechi zone and Dharan in Sunsari district, along with some hill areas of Morang district. The proposed state also consists of some parts of Sankhuwasabha district
 2. Kirat Koshi: Areas west of Limbuwan including those from Likhu to Arun area
 3. Tamsaling Indrawati: Areas west of Ramechhap up to Budigandaki
 4. Madhes Birat: Areas from Morang to Parsa except those north of the former
 5. Newa Bagmati: Areas consisting of Kathmandu Valley along with Banepa and Dhulikhel
 6. Tamuwan Gandak: Areas from Gorkha including Kaligandaki to the southern parts of Tanahu
 7. Magarat Dhaulagiri: Areas starting from south of Syanga to west of Kaligandaki up to Rukum
 8. Karnali state: Includes all of Karnali zone and parts of Bheri zone
 9. Seti Mahakali: Some northern parts of Kailali and Kanchanpur districts along with entire upper part of the two districts
 10. Tharuwan Lumbini: Areas stretching from Kanchanpur to Nawalparasi district
 * Chitwan district: To be federally administered

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/05/09 at 07:27

カテゴリー: マオイスト, 民族

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民族州と「イスラム全国闘争同盟」結成

イスラム教徒は、「宗団」であり「民族」である。他民族・他宗団が「民族州」をつくるとなれば、ムスリムが宗団意識、民族意識を高め、結集し、「ムスリム州」を要求するのは当たり前である。

ムスリムは、タライやカトマンズに多いとはいえ、居住は全国に広がっており、非領域ムスリム州が最適だ。もしそれが無理なら、タライのムスリム住民の多い地域を「ムスリム州」にする。

そうした要求を新憲法に書き込ませるため、「イスラム全国闘争同盟」が結成された。同盟は、ムスリム権利闘争を展開し、もし実現しなければ「不退転の運動」を断行すると警告している。

これまで、ネパールのイスラム教徒は抑圧・差別されてきた。制憲議会にも、ムスリム議員は18人しかいないそうだ。「民族州」は、被抑圧ムスリムにとっては、アイデンティティを強化し、一致団結し、運動を始めるチャンスとなるであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/05/02 at 09:23

民族州要求に爆破テロ

民族州要求に対する爆破テロが、4月30日、ジャナクプールで発生、4人死亡、20数名負傷の惨事となった。

なぜか報道が少なく(自主規制?)、詳細は不明だが、爆破は「ミティラ(マイティリ)自治州」要求座り込みデモのさ中に発生した。「民族タライ解放戦線」の仕業だとウワサされている。

昨日も述べたように、「民族州」や「アイデンティティ政治」は極めて危険である。「国民」のような大きな統治単位なら、グライヒシャルトゥングを強行するのでなければ少数派の存立余地は十分にあるが、地域の多数派民族が「民族州」を組織すると、「民族自治」が大義名分となるわけだから、その地域の異民族は陰に陽に排除され、存立余地はなくなる。地域の少数民族は「浄化」されるかもしれない。「民族州」を強行すれば、こうした身近に迫る具体的な危険に対し、テロで阻止しようとする動きが、各地で発生するであろう。

「国民」は、欧米では時代遅れかもしれないが、少なくともネパールではそうではない。「国民」を解体し、「民族自治」「民族自決」に走る方が、「国民」による少数民族抑圧の危険性よりもはるかに大きい。より少ない悪の選択が政治なら、「民族州」はやめる方が政治的には賢明である。

「民族」を持ち出すと、どのような無節操も通ってしまう。たとえば、バイダ派やタライ諸党派は、「民族州」を旗頭にしているが、その要求を通すため、なんとNC,UMLと共闘を組み、バブラム政権(プラチャンダ=バブラム体制)の打倒を目指すことにしたそうだ。UML、ましてやNCは、「民族州」には反対のはずなのに、「民族」のためなら、野合もいとわないらしい。

このように「民族」は、使いやすい万能薬だが、劇薬であり、こんなものには、安易に手を出すべきではあるまい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/05/01 at 09:43

民族州の妖怪

1.民族州の妖怪
新憲法案の策定期限が近づき、いよいよ民族州――アイデンティティ政治――の妖怪が、あちこちで跋扈し始めた。民族州に関する各党派の主張は次の通り。

■マオイスト急進派(バイダ派)、マデシ急進派
 民族州。民族自治。民族・アイデンティティを基礎に州を画定。14州以上。
■マオイスト体制派(プラチャンダ議長、バブラム首相)
 民族を基本としつつも、多元アイデンティティ容認。10州案。
■UML
 民族 + 多元アイデンティティ。12州案。
■NC
 民族州は認めない。経済的安定性、地理的まとまりを考慮し、州を画定。7州案。
■王党派
 単一国家。立憲君主制。「国民」アイデンティティ重視。

2.「民族」の政治的利用
「民族」については、そもそもマオイストが革命に利用してきた。マオイストは、マルクス主義政党であるにもかかわらず、「階級」は名のみで、実際にはもっぱら「民族」に訴え、「民族」を動員し、人民戦争を戦い、勝利した。その限りでは、バイダ派の「民族州」要求は一貫している。

しかし、「民族」あるいはナショナリズムは、強力なだけに副作用も大きく、下手に利用すると、その魔力に取りつかれ、破滅をまぬかれない。この観点からは、「民族」を革命に利用し、勝利すると、それの棚上げを図るプラチャンダの方が、政治的には成熟しているといえる。

UMLとNCは、マオイストを王政打倒に利用しただけで、「民族州」については、程度の差はあれ、積極的ではない。

3.「民族州」の陥穽
「民族州」については、実際には実現不可能であり、もし強行すれば、極めて危険なことになる。

ネパールのどの地域を見ても、1民族ではありえない。そして、実際に問題になり、本当に守るべきは、民族州を構成しうるほどの大民族ではなく、そうした地域内の「少数民族」の方である。

たとえば、タマン州がつくられタマン自治が認められたら、その州内の他民族が不利な状況に追い込まれることは明白である。

そうした状況を回避するには、すべての民族に自治権を与える、つまり百数十の自治州をつくるか、あるいは各州ごとに「民族浄化」を実施し、「単一民族州」を実現する以外に方法はない。しかし、いずれも実行不可能なことは、いうまでもない。

4.単一国家の地方自治
以上を考え合わせると、連邦制採用それ自体の妥当性が問題になる。本当に、連邦制にせざるを得ないのか? なぜ、単一国家の地方自治拡充ではいけないのか?

旧体制の頑迷固陋を考えると、「革命」が歴史の要請ではあろうが、革命にはそれ相応の危険が伴う。可能なところでは、最大限「改良」の努力を惜しむべきではあるまい。

▼連邦制については、下記「連邦制」タグをクリック。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/04/30 at 11:06

マオイストの憲法案(28)

第5編 国家の階層構造と国家権力の配分(1)

第59条 定義
 (a)連邦=最上位レベル。連邦制ネパールの総体。
 (b)州=ネパールを構成する州。
 (c)地域レベル=州内の村と市。
 (d)特別機構=州内の自治区、特別区、保護区
 (e)自治区=特定の民族もしくは共同体または言語集団の集住する州内の地区。
 (f)保護区=小集団、極度に周縁化された民族集団、共同体および文化地域の保護育成のため設定される州内の地区
 (g)特別区=(e)または(f)以外の地区で経済的社会的に低開発の地区。
 (h)国家権力=国家の行政権、立法権および司法権。
 (i)リスト=連邦、州、地域および特別機構の下に設定される自治区が行使する憲法上の具体的権利のリスト。

第60条 国家の階層構造と国家権力の形態
 (1)ネパールの国家権力は連邦、州、地域および特別機構が行使。
 (2)連邦、州、地域および特別機構は、ネパールの国民統一、統合および主権、国の長期的利益、総合的開発、多党競争制民主主義および比例的・包摂的代表の権利を遵守。
 (3)自治区の先住民族のアイデンティティと自治の保障。

第61条 連邦制ネパールの階層構造
 (1)連邦制ネパールの基本構造は、連邦、州および地域の3階層からなる。
 (2)連邦と州には、立法部、司法部および行政部を設置。
 (3)地域政府には、本憲法付則8により地域法に基づき権限を行使する立法権、行政権および司法権をもつ選挙制評議会を設置。
 (4)(1)の他に、州内に自治区、特別区および保護区を設置。
 (5)自治区には、本憲法付則7により地域法に基づき権限を行使する立法権、行政権および司法権をもつ選挙制評議会を設置。

――以上のように、マオイスト憲法案の統治構造はきわめて複雑であり、しかも自治権が各レベル政府(自治体)に大幅に認められている。地域レベルの村や市には立法権、行政権の他に、司法権すら認められている。

その一方、ここでも国民統合や国家主権が明記されており、運用次第で、分権的とも中央集権的ともなりうる。

また、このような複雑な統治制度を実際に効率的に運用できるかどうかも、はなはだ疑問である。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/08/05 at 08:45

カテゴリー: マオイスト, 憲法

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ネルーを訴えよ,ロイの反撃

アルンダティ・ロイは,セミナー”Azadi–the Only Way”(Delhi, 21 Oct 2010)において,「カシミールがインドの本来的部分であったことは一度もない」「カシミールはインドからのazaadi(自由)が必要だ」と語ったため,反インド扇動罪(sedition)容疑で訴えられている。この発言は人々の間の敵意を煽っているというのだ。

ロイ発言の詳細な内容は,後日紹介するとして,ロイの魅力は何といっても,そのあふれるばかりの機知とユーモアだ。セミナーで発言を求められたとき,聴衆に向かってロイはこう話し始めた。

ロイ: 皆さん,靴を投げたい人は,いますぐ投げて下さいネ・・・・・
会場から: 私たちはもっと上品だよ・・・・・等々
ロイ: あぁ,それなら結構,安心しました。お上品も時によりけれどもですけれどもネ。え~と,それでは・・・・・

「靴投げ」は,もちろん侵略地イラクの記者会見で靴を投げつけられたブッシュ元大統領を皮肉ったもので,これによりロイはこれからの話がインド体制派の「靴投げ」を招きかねない「過激な」ものになることを予告したのだ。うまい。

また,このAzadiスピーチが予想通り体制派からの「靴投げ」を招き,デリー裁判所がFIR受理を命令すると,ロイは「ネルーもまた訴えるべきだ」(Outlook India, 28 Nov)を発表し,ロイとまったく同じことを,より過激な表現で繰り返し明言したネルーの言葉を抜粋し,反撃した。

ネルーの発言
「争いのある領土や州の帰属は人々の意思により決定されるべきであり,われらはこの立場を堅持する。」(31 Oct 1947)
「カシミールのことはそこの人々が決定すべきだ,とわれわれは宣言した。」(2 Nov 1947)
「カシミール帰属は,住民投票で決定されるべきだ,と私は繰り返し表明してきた。」(21 Nov 1947)
他に同趣旨の発言11例を引用。

攻撃に対して攻撃者側に反撃させる。実にうまい。まめだ。こんな魅力的な「過激派」を敵に回して闘うのは,体制派には大変だろう。インド進出(侵出)に躍起の日本企業が,再びロイの厳しい批判の俎上にのせられるのも時間の問題である。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2010/12/08 at 11:09

カテゴリー: インド, 民族

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