ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ゴビンダ医師のハンスト闘争(26)

7.ハンスト:開始から終了まで
(1)ジュムラでハンスト開始
ゴビンダ・KC医師は2018年6月29日,空路ジュムラに入った。医療過疎地カルナリ州のジュムラで「決死のハンスト」を敢行し,「医学教育令2017年」の継承発展たる「医学教育法」の制定など保健医療制度の抜本的改革を訴え,オリ政府に圧力をかけ,それを実現させるためであった。

翌6月30日,ゴビンダ医師は,ハンストを予定していたKAHS(カルナリ健康科学アカデミー)教育病院に向かったが,途中で警察に阻止された。仕方なく予定を変えジュムラ郡役所に向かったが,今度は役所入口付近で拘束され,警察署に連行されてしまった。

ジュムラ郡当局は,ゴビンダ医師ハンスト情報に基づき,あらかじめKAHS,郡役所,郡警察署それぞれの200m以内での抗議活動を禁止していた。警察は,この禁止命令に違反したとしてゴビンダ医師を拘束したのである。

警察署に留置されたゴビンダ医師は,午後3時ころ,そこでハンスト開始を宣言した。これに対し,KC支持派が激しく抗議,困った警察は彼を「郡スポーツ開発委員会ホール」に移した。そこは電気すらなく,ジメジメしており,鳩の糞だらけ。特に日没後は暗くて寒い過酷な環境。それでもゴビンダ医師は,ひるむことなく,床(コンクリート?)にマットを敷き,そこで敢然とハンストに入ったのである。15回目のハンスト。


■ジュムラ(jumlanepal.blogspot.com)/KAHS付近(KAHS HP)


■KAHS(MN. Marhatta, Dean)/KAHS教育病院(KAHS FB)

*1 “Dr Govinda KC begins hunger strike at police office after arrest,” Kathmandu Post, Jun 30, 2018
*2 “Dr KC starts hunger strike in Jumla,” Kathmandu Post, Jul 1, 2018
*3 “Dr KC’s first night of 15th fast-unto-death in darkness,” Republica, July 1, 2018
*4 DB BUDHA, “Dr KC starts 15th hunger strike, is briefly arrested,” Republica, July 1, 2018
*5 DB BUDHA, “KC supporters gather in Jumla,” Republica July 2, 2018
*6 “Dr KC Begins Hunger Strike In Jumla,” NEW SPOTLIGHT, July 1, 2018
*7 “DR KC STARTS HUNGER STRIKE IN JUMLA,” Yuvanepal.Com, July 1, 2018
*8 “Dr KC starts hunger strike in Jumla,” The Province Times, July 1, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/03/16 at 17:56

ゴビンダ医師のハンスト闘争(25)

6.第15回ハンスト
(6)決死のハンスト(v) 

④強制摂食:いくつかの事例
A. 西洋近世・近代の奴隷と病人  B. イギリス  C. アメリカ
D. ロシア  E. 北朝鮮  F. イスラエル  G. インド

H. 日本 強制摂食は,医療先進国・日本でも,むろん行われている。どうしても抵抗して食べない場合は,数人がかりで押さえつけたり拘束したりして鼻からチューブを入れ,流動食を直接胃に流し込む。鼻からの出血や激しい嘔吐があり,身体的にも精神的にも苦しいが,生命を救うため止むを得ないとされている。

刑務所や拘置所での事例としては,2007年5月の大阪拘置所での強制摂食があげられる。明確な政治的理由からではなさそうだが,ある収監者が食事を拒否し続けたので,嫌がる本人の手足を職員数名で押さえ,鼻腔経管栄養補給を行った。

この本人の同意なき強制摂食については,鼻からの出血など不当な身体的・精神的苦痛を受けたとして慰謝料請求の訴えが出されたが,最高裁は国側には「安全配慮義務」違反はないとして請求を棄却した。日本でも,拘置所等では同意なき強制摂食が――事例は多くはなさそうだが――現在のところ法的には認められているのである。

拒食が,本人の自覚的選択によるものではなく,疾病としての摂食障害によるものである場合には,日本の刑務所,拘置所等でも,当然の医療行為として強制摂食が実施されている。これは,一般社会における場合と,本質的には変わりはない。

日本において,これから先,深刻な政治問題となりそうなのが,在留資格なしとして入国者収容所(入管センター)等に収容されている外国人に対する同意なき強制摂食である。今はまだ実施されていないようだが,今後,もし実施されることになれば,国内にとどまらず国際的にも大問題とならざるを得ない。

このところ出稼ぎ、移民,難民など,観光以外の目的で来日する外国人は年々増加し,それに伴い在留資格なしとして入管センターに収容される外国人も,2012年末に1028人だったのが2017年末には1382人になるなど,大きく増加している。

これら入管センターに収容されている外国人は,先が見通せないまま収容が長引くにつれ不満を募らせ,処遇改善を求め最後の手段としてのハンストに訴えることが多くなった。
・2011年4月 名古屋入管センターで処遇改善を求め20名余ハンスト。
・2015年4月 東京入管センターで仮放免申請却下に抗議し数十名がハンスト。
・2016年2月 大阪入管センターで食事改善等を求め49人ハンスト。6~7月には処遇改善を求め14人ハンスト。
・2017年5月 収容長期化に抗議し東京入管センターで40人,名古屋入管センターで約20人がハンスト。
・2018年4月 東京入管センターで,仮放免不許可後のインド人自殺をきっかけに,約140人ハンスト。
・2018年11月 東京入管センターで仮放免制度改善を求め20~30名ハンスト。
・2018年12月 大阪入管センターで強制退去命令を受けた10人以上がハンスト。

このように入管法違反で収容されている外国人のハンストは著しく増加しているものの,管見のかぎりでは,いまのところハンスト死も,それを防止するための強制摂食も報道されてはいない。

しかしながら,移民・難民政策不備をこのまま放置すれば,入管センター等での抗議ハンストの激化は免れえず,「決死のハンスト」によるハンスト死かさもなければ同意なき強制摂食かの,いずれも採りがたい二者からの択一を迫られることになる。

日本では,「決死のハンスト」の問題が,日本人自身ではなく,むしろ来日外国人によって,日本国民に突き付けられるおそれが大きい。が,これは,言うまでもなく,われわれ自身の問題である。

■東日本入管センター,牛久市(Google)

*16 「名入管で集団ハンスト 難民申請外国人ら 処遇改善を求める」中日新聞,2011/4/30
*17 「『私たちは動物ではない』不法滞在外国人の不満爆発 収容生活改善求めハンスト」sankeibiz, 2016.2.28
*18 「東京入管施設で約40人の被収容者がハンスト、長期収容などに抗議」reuters, 2017年5月11日
*19 「名古屋入管でもハンスト 収容長期化に20人抗議」sankei.com, 2017.5.16
*20 「東京入管の被収容者によるハンストが終了、『影響見極めたい』」jp.reuters.com, 2017年5月25日
*21 レジス・アルノー/倉沢美左「ベトナム人の死と外国人収容所の過酷な実態 収容者が見た壮絶な最期」東洋経済,2017/06/09
*22 「入管収容施設で待遇改善求めハンスト、インド人男性死亡を受け」newsweekjapan, 2018/04/21
*23 片岡伸行「収容者1人がケガ、ハンストへ──牛久の入管施設で抗議行動を強制排除」kinyobi,2015年4月7日
*24 「大阪入管でもハンスト 病気収容者の対応に抗議」共同通信, 2018年12月5日
*25 「入管収容者が集団ハンスト 東日本センター 長期の拘束抗議」東京新聞 18/4/17
*26 「入管収容者がハンスト、長期拘束に抗議 茨城・牛久、インド人自殺で」日本経済新聞,2018/4/17
*27 鬼室黎「入管施設で外国人30人抗議のハンスト 開始から1週間」朝日新聞デジタル,2018年11月26日
*28 「大阪入管でもハンスト 病気収容者の対応に抗議」共同,2018年12月5日
*29 宮崎岳志「東京入国管理局に収容されている外国人多数がハンガーストライキを行っているとの報道に関する質問主意書」衆議院,平成二十九年五月十六日提出
*30松本克美「判例研究:拘置所に収容された被拘留者に対する国の安全配慮義務の有無」末川民事法研究,第1号,2017
*31 鈴鹿祥吾(文責),若林茂雄(監修)「最高裁判所平成 26 年(受)第 755 号損害賠償請求事件 平成 28 年 4 月 21 日 第一小法廷判決」岩田合同法律事務所

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/03/03 at 20:56

ゴビンダ医師のハンスト闘争(24)

6.第15回ハンスト
(6)決死のハンスト(v) 
④強制摂食:いくつかの事例 A. 西洋近世・近代の奴隷と病人 B. イギリス

C. アメリカ もう一方の人権と民主主義の国,米国では,いまでも強制摂食が合憲・合法とされ,刑務所や収容所でしばしば実施されている。

米国では,自己決定権ないし「独りでいる権利」が「プライバシー権」として広く認められているが,そこには「自殺の権利」までは含まれてはいない(末期患者尊厳死は別問題)。また,国家には秩序維持の権利義務があり,そのために必要な場合にはプライバシー権の一部を制限することが出来る。ハンストをする権利は,そうした制限可能な権利の一つであり,必要な場合には,ハンスト死防止のための強制摂食が認められるとされている。

米国刑務所での強制摂食としては,早くには1917年,ニューヨークの刑務所内でハンストをした女性産児制限主義者に対し,実施された。以後,強制摂食は継続され,たとえばコロラド州の刑務所では,2001~2007年に,少なくとも900回の強制摂食が実施されたという。そこでは2014年にも,ハンストをした8~9人に対し,強制摂食が行われている。(*5)

さらにウィスコンシン州の刑務所では2016年,ハンストの3人に対し強制摂食が実施された(*15)。米国では,州により扱いは異なるが,刑務所での強制摂食はマニュアル化されているとみてよいであろう。

米国の強制摂食として最も悪名高いのが,米軍グアンタナモ収容所(キューバ)でのもの。グアンタナモでは,早くも2001年1月からハンストが始まり,最多の時は150人余がそれに参加した。このハンストについては,2013年までは報告されているが,それ以降は情報不開示となったため詳細不明。

グアンタナモ収容所は,いわば治外法権であり,収容者の扱いは残虐を極めた。ハンストにも,当然のように強制摂食が実施された。ここでは死ぬことは許されない。人間の最後の自由,死ぬ権利さえ奪われている。「核軍縮キャンペーン(CND)」は,2005年大会において,次のような緊急決議をしている。「大会は,グアンタナモの200人以上の拘留者によるハンストが摂食と鎮痛剤の強制により長期化し8週目に入っていることを懸念をもって指摘する。」

米国で,いま最も問題にされているのは,急増する難民・移民希望者に対する収容所や拘置所での強制摂食である。「移民関税局(ICE)」は,食事9回拒否でハンストと認定し,裁判所の許可の下,強制摂食を行っているという。

「ICEは,収容所収容者の生命を守り,収容所の秩序を維持していく。・・・・ハンストを行う収容者に対しては,その健康と安全のため,ICEは食物と水の摂取をきちんと見届けている。収容者のハンストが,生命あるいは健康にとって危険かどうかは,医療担当者が常に監視している。」(*1)

この2019年1月には,ICEテキサス収容所が,ハンストをしているインドとキューバからの難民申請者30人のうちの6人に対し,裁判所の許可を得て強制摂食をした。彼らは鼻から出血し,耐えがたい苦痛を訴えている(*8)。


■ICE強制摂食抗議デモ(NYT, 2019/01/31)/グアンタナモ強制摂食(Graphic News, 2013/05/01)

D. ロシア ロシアの刑務所では,ハンストに対し強制摂食が行われている。テロ等の罪で収監されたウクライナ人映画監督オレグ・センツォフは2018年5月から抗議ハンストを続けたが,この強制摂食を避けるため同年10月6日,ハンストをやめざるをえなかった。

E. 北朝鮮 北朝鮮教化所は2018年夏,看守に対する抗議ハンストを行った収監者2人に対し,ホースを口に入れ強制摂食させた。

F. イスラエル イスラエル議会は2015年,ハンストで抵抗するパレスチナ人収監者に対する強制摂食を合法化した。
■イスラエル議会強制摂食法制定(The Telegraph, 2015/07/30)

G. インド インドの人権活動家で「鉄の女」とも称されるイロム・ミャルミラが2000年,インド軍による住民虐殺に抗議しハンストを開始したのに対し,インド政府はチューブによる強制摂食を始めた。彼女は,これに耐え16年間もハンストを続けたが,闘争方針を変え州議会選挙に出て闘うため2016年8月9日,ハンストを終了した。


■Burning Bright: Irom Sharmila(Penguin, 2009)/シャルミラ-ハンスト10年目(Facebook, 2011/09/19)

*1 BURKE, GARANCE, “UN: US force-feeding immigrants may breach torture agreement,” AP,
*2 Burke, Garance and Martha Mendoza, “U.S. immigration officials are force-feeding detainees who’ve been refusing food at Texas centre,” AP, January 31, 2019
*3 DAUGHERTY,OWEN, “UN says US force-feeding detained immigrants may violate torture convention,” The Hill, 02/07/2019
*4 Greenberg, Joel K., “Hunger Striking Prisoners: The Constitutionality of Force-Feeding,” Fordham Law Review, Volume 51, Issue 4 Article 7, 1983
*5 Hsieh, Steven, “Colorado’s Federal Supermax Prison Is Force-Feeding Inmates on Hunger Strike: Solitary Watch reports that eight to nine prisoners are taking part in the strike, held at the federal government’s highest-security prison” The Nation, Feb 27, 2014
*6 Long, Clara “ICE Force-feeding Immigrant Detainees on Hunger Strike: Force-feeding is Cruel, Inhuman and Degrading,” Human Rights Watch, February 1, 2019
*7 Miller, Ian, A History of Force Feeding: Hunger Strikes, Prisons and Medical Ethics, 1909–1974, Springer Nature, 2016
*8 Stevens, Matt, “ICE Force-Feeds Detainees Who Are on Hunger Strike,” New York Times, Jan. 31, 2019
*9 “1910 Liverpool, Force-Feeding: The suffering of a suffragette,” Lapham’s Quarterly
*10 “Cartoon depicting force-feeding from The Daily Herald: Illustration depicts Asquith force-feeding an imprisoned suffragette,” British Library
*11 “Force-feeding,” Wikipedia
*12 “Force-feeding in English jails – a hidden history,” The University of Manchester, 5 Nov 2015
*13 “Force-feeding at Guantanamo Bay,” Graphic News, 05/01/2013
*14 “Prison officials force-feed inmates on hunger strike against solitary confinement,” RT, 29 Jun, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/28 at 18:04

ゴビンダ医師のハンスト闘争(23)

6.第15回ハンスト
 (6)決死のハンスト(v) 
 ④強制摂食:いくつかの事例
  A. 西洋近世・近代の奴隷と病人

B. イギリス 収監ハンスト者への強制摂食が本格的に行われ始めたのは,英国においてのようだ。

英国では,19世紀末から20世紀初めにかけて,サフラジェット(Suffragette)が女性参政権を求め勇猛果敢に闘った。彼女らは,投獄されると,ハンストで抵抗した。当初,政府は殉死を恐れ,ハンスト者を釈放したが,1909年多数の収監サフラジェットがハンストを始めると,方針を改め,強制摂食を始めた。

英国内務省の1909年声明によれば,「人為的摂食(artificial feeding)」は人道的であり,理性を失い食べられなくなった収監者が生命を失うことを防止するのに必要な治療である。

しかしながら,実際には,抵抗するハンスト者を拘束し力づくで実施される強制摂食は,出血や嘔吐を伴う,肉体的にも精神的にも耐えがたい苦痛をもたらす「拷問」に他ならなかった。特に女性サフラジェットへの強制摂食は,「口からの強姦」として嫌悪され非難された。

英国政府は,千人以上のサフラジェットに強制摂食をしたとされるが,結局これを継続しえず,1913年に「猫ネズミ法(Cat and Mouse Act)」を制定した。収監者がハンストを始め危険な状態になると釈放し,回復すると再収監するという,まるで猫がネズミをいたぶるような,いかにも皮肉とユーモアの紳士の国,英国らしい法律だ。が,仮釈放したサフラジェットの再逮捕は容易ではなく,実効性は低かった。そうこうするうちに第一次世界大戦(1914-18)が勃発し,対サフラジェット強制摂食問題は終息した。

しかし,英国での強制摂食は,その後も,主にアイルランド民族派のハンスト者に対し継続された。1917~23年,多数のアイルランド民族派が捕らえられ,獄中ハンストは一万人にも及んだという。そうした中,ハンストをしていたトマス・アシュが1917年,強制摂食により死亡,大問題となった。これを機に,アイルランドでは強制摂食は実施されなくなった。

一方,英国では,トマス・アシュ強制摂食死以後も,強制摂食は継続された。英国の刑務所では1913~40年に834人(うちIRA40人)がハンストをし,強制摂食は7734回にも及んだ。(*13)

そして戦後1974年には,IRAのマイケル・ゴーガンと他の4人が英国ワイト島の刑務所でハンストを開始,強制摂食された。そして,64日目,ゴーガンが17回目の強制摂食後,死亡した。この強制摂食死は内外に大きな衝撃を与え,ついに英国政府はハンスト者に対する強制摂食を断念するに至った。

ところが,その代わり,ハンストは放置されることになり,再びハンストを始めたゴーガンの獄中仲間フランク・スタッグは1976年,ハンスト62日で餓死した。その後,1981年には,「鉄の女」サッチャー首相が,ボビー・サンズらIRAメンバー10人のハンストを放置して餓死させ,大問題になったことは周知のとおり。

人権と民主主義の総本家,イギリスでも,ハンストと強制摂食はなおも未解決の難問として残されているのである。


■強制摂食反対ポスター/「猫ネズミ法」反対ポスター/T・アシェ伝記

*13 “Force-feeding in English jails – a hidden history,” The University of Manchester, 5 Nov 2015

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/27 at 15:25

ゴビンダ医師のハンスト闘争(22)

6.第15回ハンスト
 (1)なぜジュムラでハンストか?
 (2)決死のハンスト(i)
 (3)決死のハンスト(ii) ①ハンストと延命治療
 (4)決死のハンスト(iii) ②それほど苦しくない断食(以上前出)
 (5)決死のハンスト(iv) ③強制摂食:人道名目の拷問

(6)決死のハンスト(v) 
④強制摂食:いくつかの事例
A. 西洋近世・近代の奴隷と病人 西洋には自殺を大罪とするキリスト教の強固な伝統があり,それが多かれ少なかれ西洋における強制摂食正当化の宗教的・倫理的根拠となってきたと見てまず間違いはないであろう。

強制摂食の事例としてよく知られているのが,アフリカから新大陸へ奴隷を輸送する奴隷船内で行われていた強制摂食。食事を拒否し自殺しようとする奴隷がいると,建前としては自殺は大罪なので,また実利的には大切な商品としての奴隷に死なれては困るので,強制的に口を開けさせる器具(speculum orum, gavage)を使用して口をこじ開け,食物を胃に流し込む強制摂食が行われていた。フォアグラや北京ダック(填鴨)と同じ。技術的には古来,周知の方法だ。

一方,奴隷以外の人については,西洋では,食べないのは何らかの「病気」とみなされ,食べさせるための治療器具が開発・改良され,「患者」への強制摂食が始まり広がっていった。19世紀には,収容所や刑務所でハンストが始まれば,いつでも強制摂食を実施しうる状況が出来上がっていたのである。(*11)


■キリスト教では自殺は絶対悪(412teens.org)/奴隷強制摂食用器具(National Museum of Denmark)/フォアグラ強制給餌(Stop Force-feeding)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/26 at 18:12

ゴビンダ医師のハンスト闘争(21)

6.第15回ハンスト
 (1)なぜジュムラでハンストか?
 (2)決死のハンスト(i)
 (3)決死のハンスト(ii) ①ハンストと延命治療
 (4)決死のハンスト(iii) ②それほど苦しくない断食(以上前出)

(5)決死のハンスト(iv)
③強制摂食:人道名目の拷問
すぐ思いつき,事実,世界各地で利用されてきたのが,ハンスト者に対する「強制摂食(force-feeding)」である。ゴムチューブなどの管を鼻や口から食道に差し込み,流動栄養食を直接,胃に流し込む。あるいは,それができないときは,栄養液を点滴投与し生存を確保する。胃瘻でさえ,場合によっては実施されるかもしれない。

現象だけを見れば,日本でも日常的に行われている延命治療となんら変わりはない。現代では,生命は地球より重く何物にも代えがたいとされ,治療の可能性が少しでもあるのであれば,可能な限り延命治療をし,生命を救う,すなわち心臓を動かし続けることが正しいとされている。

強権的体制の為政者は,皮肉なことに,この人道主義的生命尊重の世情を巧みに利用する。生命はすべてに優先されるべきものだから,たとえ本人が主義主張貫徹のため「ハンスト死」を望もうとも,それは誤った考え方であり許されない。ハンスト者は,正気を失い,生きるために食べるという最も根本的な理性的判断ができなくなっている。だから為政者としては,生命尊重の人道主義の観点から,本人の意思にかかわりなく,強制摂食など,必要最大限の救命措置をとらなければならないというのである。

しかしながら,これは明らかに,生命尊重人道主義の偽善的政治利用である。ハンスト死させてしまえば,先述のように,それは社会に対し劇的な効果を持ち,為政者は大きな打撃を受ける。さりとて,ハンスト死を避けるためハンスト者の要求を呑んだり収監ハンスト者を釈放すれば,それが前例となり,ハンストが頻発し,統治は困難になる。社会秩序は乱れ,人々の安全は保障されなくなる。為政者にはハンスト者の要求を呑むことも,収監ハンスト者を釈放することもできない。そこで結局,ハンスト者がいくら食事を拒否しても強制的に栄養を取らせる「強制摂食」の方法を,為政者は採らざるをえないことになるのである。

ところが,ハンスト者への強制摂食は,人命尊重や社会秩序維持(社会の安全)をいかに力説しようが,実際にはそれ自体,精神的にも肉体的にも耐えがたい苦痛を与えるものであり,「拷問」に他ならない。

「拷問」は,近代国家では19世紀以降,法的に禁止されるようになった。ちなみに日本国憲法も「拷問は絶対にこれを禁ずる」(36条)と明記している。国際社会では,1948年採択の世界人権宣言が「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰を受けることはない」(5条)と宣言し,これがそのまま国連によって1966年「自由権規約」の中の規定の一つとして採択された。現代では拷問は許されない。

ハンスト者に対する強制摂食は,この現代社会では明確に禁止されている「拷問」に相当する。世界医師会も1975年採択の「東京宣言」において,「収監者,収容者のハンストに対し強制栄養法の使用[強制摂食]をさせてはならない」と厳しく警告している。

それにもかかわらず,強制摂食は,いまなお世界の少なからぬ国々で繰り返し実施されている。ネパールでも実施されない保証はない,と危惧せざるをえない。

ハンスト者に対する強制摂食はいまなお未解決の難しい問題であり,詳しくは別稿をまたざるをえない。以下では,参考のため強制摂食の事例をいくつか紹介するにとどめる。

■収監サフラジェットへの強制摂食(英紙1913年5月24日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/19 at 11:33

ゴビンダ医師のハンスト闘争(20)

6.第15回ハンスト
 (1)なぜジュムラでハンストか?
 (2)決死のハンスト(i) 
 (3)決死のハンスト(ii) ①ハンストと延命治療(前出)

(4)決死のハンスト (iii)
②それほど苦しくない断食
「決死のハンスト」が現代では困難になった第二の理由は,断食に対し,人道主義的人命救助を大義名分に,「強制摂食(force-feeding)」が多用されるようになったため。

ハンスト,とりわけ死覚悟の「決死のハンスト」は,不当な扱いや支配に対する最終的なギリギリの抵抗方法である。ハンストは一人でも決行できるし,「決死のハンスト」であれば命を賭けるので訴える力は極めて大きい。さらに,決死の覚悟がいかに重く衝撃的なものであるにせよ,その死さえ覚悟してしまえば,断食ないし絶食そのものは,一般に想像されるほどには苦しくはない。

断食はそれほど苦しくはないというと,まさか,そんなことはあり得ないと一蹴されるに違いないが,実験してみた限りでは,少なくとも私にとっては苦痛はさほどなかった。

数年前,ふと思い立ち,断食をしてみた。水と塩分だけを取り,何も食べないでいると,2,3日は空腹を感じたが,それを過ぎると空腹感は減少していき,それに反比例して心が和らぎ,平静となり,幸福感(euphoria)さえ感じ始めた。いわゆる「飢餓陶酔(hunger-high)」。1週間すぎたころ,ふと我に返り,これは危ない,このままでは断食死し「即身仏」になってしまうと思い,そこで断食実験は終了することにした。

ほんの一回の短い断食実験にすぎないが,その体験から,私自身は,断食それ自体はたいして苦痛ではなく,むしろ恍惚の至福に向かうものであり,自分の死期を悟ったなら断固断食死を選択する決心をした。経管栄養補給による救命・延命治療など,もっての外! この決心は今も変わっていない。

ほんの一回の短期の実験にすぎないが,この私の断食実験の結果がある程度一般化できるとするなら,ハンストそれ自体はそれほど苦しくはなく,死さえ覚悟してしまえば,「決死のハンスト」ですら想像するほどには困難なものではないことになる。

むろん,死は,誰にとっても最も恐ろしく避けたい,究極の選択である。ハンストが難しいのは,空腹・飢餓の苦痛よりもむしろ死の恐怖によるものといえる。ハンストは,その死を覚悟してしまった人にとっては,したがって想像するほど困難な選択ではない。しかも,一人でも決行でき,生命を賭しているだけに効果は劇的であり絶大だ。

この状況は,強権的支配,とりわけ民主主義が形骸化した多数派専制体制にとっては,どうあっても避けたい事態だ。「ハンスト死」は主義主張への「殉死」であり,反体制闘争の導きの星となる。体制側が,あらゆる手段を駆使して,ハンスト死を阻止しようとするのは当然といえよう。

 
 ■釈迦の断食/ガンジーの断食(1932年)


 ■山形の即身仏(やまがたへの旅

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/11 at 15:39