ネパール評論

ネパール研究会

Archive for 8月 2017

インドを怒らせたデウバ首相

デウバ首相訪印(8月24~27日)の裏話を,オム・アスタ・ライが『ネパリ・タイムズ』に書いている。
 ▼Om Astha Rai, “Deuba, Delhi and Doklam,” Nepali Times, 25-31 August 2017

それによると,モディ首相は24日の公式首脳会談の前に,予定外のお茶の席にデウバ首相を招き,ドクラム問題でインド支持を要請しようとしたらしい。本当に要請したか否かはわからないが,その後の公式会談では,前述のように,ドクラム問題には全く触れられなかった。

 ■訪印団到着(在印ネ大使館HP,8月23日)

公式会談後の「インド基金」レセプションでは,こんなやり取りもあったそうだ。
R・V・パスワン消費問題担当大臣:「第三国がネパールを攻撃したらインドはネパールを守るから,もし第三国がインドを攻撃したらネパールはインドを支援すべきだ。・・・・(中国はチベットを「呑み込んだ」が)インドはネパールをそうはさせはしない」。

このバスワン大臣の発言に対し,デウバ首相は,「中国はネパールのよき友だ・・・・。中国はネパールの主権をいつも尊重してきた」と答えた。

このデウバ首相の木で鼻をくくったような返答はインド側を苛立たせたに違いない,とライはみている。

レセプションでデウバ首相の隣に座っていたのは,親中派と見られているKB・マハラ外相(MC)。そのマハラ外相に,レセプション終了後,インド側の政治家,外交官,退役軍人らが,首相にあのような発言をさせたのは外相ではないかと詰問したという。

 ■インド基金レセプション(ツイッター8月24日)

このようにインド側はドクラム問題についてはネパール側からインド支持の言質をとれなかったが,それでも共同声明には次の一項を加えることには成功した。

防衛・安全協力の強化
「11.両国首相は,これまでの防衛協力に満足の意を表し,そして,インド軍とネパール軍の緊密な協力をさらに推進することを確認した。」

ネパール訪印団メンバーの一人は,これはネパールをブータン化させる恐れのある約束だ,とライに語ったという。

軍事協力推進の約束が小国にとって危険な側面を持つことは事実だが,それを織り込んでも,インドは今回の印ネ首脳会談から期待したほどの成果は得られなかったのではないだろうか。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/08/28 at 21:11

中印ドクラム紛争:中立堅持のネパールと印支持の日本

アジアの核保有二大国,中国とインドが,ドクラム(ドカラム)高原問題で対立,軍を派遣して至近距離で対峙,緊張が高まっている(*13)。

1.ドクラム領有権問題
両軍が対峙しているドクラム(洞郎)は,中国(チベット)・インド(シッキム)・ブータンの国境が複雑に入り組む高原地域(標高約3千m)にあり,インドとブータンがブータン領だと主張しているのにたいし,中国は中国領だと主張している。グーグル地図が国境を実線ではなく破線で画している部分もあるように,この地域の領土問題は複雑だ。


 ■グーグル地図,赤印ドクラム高原付近[地図差替8月29日]

2.道路建設をめぐり中印が対立
このドクラムで,中国人民解放軍が道路建設を始めたのに対し,インドは6月16日,軍を派遣,以後,人民解放軍と至近距離(約100m)でにらみ合っている。いまのところ両軍の兵力は約300人。

この問題につき,インド側は,この地域の領有権はブータンにあり,そこでの道路建設は力による現状変更であり,ブータンとインドに重大な脅威を及ぼすものであって,断じて認められないと主張している。これに対し中国側は,自国領土内で道路建設をしているのであり,インドは直ちに軍を引くべきだと反論している。いまのところ両国とも譲る気配を全く見せず,国境をめぐる両国関係は,1962年中印紛争以降,最悪の状態になっているという。

3.中立堅持のネパール
この中印ドクラム紛争に対し,ネパールは,いずれの国にも組しない中立の立場をとっている。

ネパールは,新憲法制定をめぐりインドと対立,非公式ながら5か月(2015年9月~16年2月)にも及ぶ事実上の国境経済封鎖の制裁を受けた。その反動もあって,歴代ネパール政権は中国に接近,いまやネ中関係は以前とは比較にならないほど緊密になっている。

8月中旬には,汪洋副首相が訪ネ,ネパール側が「一つの中国」支持を確認し「一帯一路」推進協力を表明したのに対し,中国側は対ネ投資拡大,石油・ガス資源調査,道路・鉄道建設など広範な支援を約束した。ネパールにとって,中国はいまやインドにとって代わりうる可能性のある隣の大国となりつつあるのである。

しかし,たとえそうだとしても,いまドクラム紛争につき中国支持を明言することは,ネパールにとって得策ではない。ネパールは,長年にわたりインド勢力圏内にあり,国土の三方をインドに囲まれ,物資の大半をいまなおインド経由で受け取っている。この現状を考え合わせると,ドクラム紛争について一気に中国支持に回るのはリスクが大きすぎる。結局,両国との交渉力を拡大できる「中立」の立場を表明するのが,いまのネパールの国益には最もかなうということになったのであろう(*3)。すでに8月初旬,KB・マハラ外相が,ドクラム問題ではネパールはいずれの隣国をも支持しないと述べ,中立の立場を明らかにしている(*3)。

この中印対立激化をバックに,いまデウバ首相が訪印している(公式訪問8月23~27日)。ネパール側が対印交渉の好機とみていることは疑いない。他方,インド側がネパールに圧力をかけ,何らかの形で印支持に回らせたいと考えていることにも疑いはない。

しかしながら,インド側は,非公式経済封鎖の「失敗」を教訓に,印ネ首脳会談(8月23,24日)では,あからさまにドクラム問題を持ち出し,デウバ首相に踏み絵を踏ませることはしなかった。会談後の共同声明でも,「両国は,その領土を,相手国を害するいかなる活動にも使用させないことを再確認した」と述べるにとどめた(*2)。親印派とみられているデウバ首相が,インド側招待の意をくみ行動してくれることを期待してのことであろう。

むろん,首脳会談以外の場では,当然ながら,ドクラム問題へのネパールの対応に関心が集まった。しかし,そうした場でも,デウバ首相はインド支持を明言しなかった。たとえば,「インド基金」主催の会(8月24日)において,デウバ首相はこう答えている。

「われわれは中国と極めて良好な関係をもち,中国とのいかなる問題にも直面していない。・・・・そのことにつき,インドは全く懸念するに及ばない。もちろん,いかなるときも,ネパールは国土を反印活動に利用させはしない。」(*4)

中国は,ネパール政府のこうした対印外交努力を評価し,習近平主席の訪ネ(9月中旬予定)をもって報いようとしている。

4.インド支持へ前のめりの日本
ドクラム紛争につき,「中立」堅持のネパールとは対照的に,日本は世界に先駆け,インド支持の立場を表明した。インド各紙はこれを絶賛,平松駐印大使(駐ブータン大使兼任)の発言を詳細に伝えている。

たとえば,ヒンドゥスタン・タイムズは,平松大使が8月17日の会見で次のように語ったと伝えている。

<ヒンドゥスタン・タイムズの取材(8月17日)に対し,平松大使はこう答えた。「ドクラムはブータンと中国との係争地であり,両国は国境交渉をしている,とわれわれは理解している・・・・。また,インドはブータンと協定を結んでおり,これに基づきインド軍はこの地域に派遣された,ともわれわれは理解している。」/平松大使は,ドクラムの現状を力により一方的に変えるべきではない,と語った。/日本は,ドクラム紛争につき,明確に見解を述べた最初の大国である。(*9)>

また,インディアン・エクスプレスのS・ロイも,こう述べている。<インド政府筋はこう語った。「国際社会の主要メンバーが“中立”の立場をとる中で,日本がインド支持を表明したことは,インドの立場を強くしてくれるものだ。」(*7)

このような日本称賛記事は,インド他紙にも多数みられる。そして,その際,ほぼ例外なく言及されるのが,尖閣問題である。たとえば:

Prabhash K. Dutta (*11)
日本はインドを「全面的に支持」している。「もしドクラムでの中国の行為が許されるなら,東シナ海の尖閣を失うことになる,と東京は考えているからだ。」

Geeta Mohan(*12)
日本は,中国膨張主義と対峙しており,他のどの国よりもインドの立場をよく理解している。ブータンとの関係も深い。だから日本は「インドとブータンへの明確な支持」を外交チャネルを通して表明したのだ。

このように日本のインド支持はインドを喜ばせているが,当然,中国はそれに激しく反発している。華春蛍報道官は,こう批判した。

「駐印日本大使は,(軍事的対峙につき)インドを本気で支持するつもりのようだ。彼に対しては,事実関係を確認することなく,でたらめなことをいうべきではない,と忠告しておく。・・・・ドクラムには領土問題はない。国境は両国(インドと中国)により確定され承認されている。・・・・現状を不法に変えようとしているのは,インドであって,中国ではない。」

日本は,このような中国の激しい反発を押して,インド支持を貫くのか? 安倍首相の訪印は9月中旬の予定。インドで,日本国首相がどのような発言をするか,これも注目されるところである。

【参照】(8月28日追加)
安倍首相訪印の狙いは?(人民網日本語版2017年08月23日)
 インドの各メディアは18日、「ドクラム対峙問題で日本がインドを支持」と誇示した。この2カ月でついにインドが「主要国」の支持を得たことを証明するものだ。だが同日遅く、時事通信は、平松賢司駐印大使が「インド支持」を表明したとの見方を在インド日本大使館が否定したと報じた。
 「中国とインドの国境問題は中印両国の事だ」。北京大学の姜景奎南アジア研究センター長は「南アジア諸国と他の西側国がいずれも『一方の側につかない』中、日本はじっとしていられず、先駆けて傾斜を示した。たとえ後で釈明しても、安倍内閣がインドに公然と良い顔を見せていることは隠せない」と語る。

 ■在ブータン日本大使館HP

●ドクラム対峙,終了(8月29日追加)
印中は8月28日,ドクラム軍事対峙の終了に合意,直ちに印軍は撤退した。中国の道路建設も停止された模様だが,中国軍は引き続きこの地方の軍パトロールを継続する。中国にとっては,要するに,道路建設の(たぶん一時的)中断にすぎないということか?。
 
*1 Om Astha Rai, “Deuba, Delhi and Doklam,” Nepali Times, 25-31 August 2017
*2 “Nepal, India issue joint statement, ink 8-pt deal (with full text),” Republica, August 25, 2017
*3 Prabhash K Dutta, “Doklam standoff continues, India and China jostle to win over Nepal,” India Today, August 24, 2017
*4 Suhasini Haidar & Kallol Bhattacherjee, “On Doklam, Nepal walks a tightrope,” The Hindu, AUGUST 24, 2017
*5 “Nepal’s Non-Aligned Stand On Doklam Issue,” http://businessworld.in/, 24-08-2017
*6 Narayani Basu, “What the India-China Doklam Standoff Means for Nepal,” The Diplomat, July 19, 2017
*7 Shubhajit Roy, “India-China standoff at Doklam: Japan throws weight behind India and Bhutan, says no side should try to change status quo by force,” Indian Express, August 19, 2017
*8 “China rebukes Japan for comment on Doklam,” Times of India, Aug 19, 2017
*9 Jayanth Jacob, “Doklam standoff: Japan signals support to India over border row with China,” Hindustan Times, Aug 18, 2017
*10 Sutirtho Patranobis, “Doklam standoff: China dismisses Japan’s support for India,” Hindustan Times, Aug 18, 2017
*11 DuttaPrabhash, “Why Japan lent support to India against China over Doklam standoff,” India Today, August 18, 2017
*12 Geeta Mohan, “Doklam standoff: Japan backs India, says no one must use unilateral force in bid to change status quo,” India Today, August 18, 2017
*13 「中国はインドと争ってでもチベットから南下したい」,北の国から猫と二人で想う事,http://blog.livedoor.jp/nappi11/archives/4812343.html

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/08/27 at 19:19

連邦議会と州議会,11月26日ダブル選挙

デウバ内閣は8月21日,連邦議会と州議会の選挙を11月26日(日)に実施することを決めた。連邦議会選挙は,憲法296条により,2018年1月21日までの実施が義務づけられている。

しかしながら,連邦議会と州議会の選挙を同時に実施することは大変だし,その前には対立抗争で延期されている第2州の地方選挙(9月18日投票)も実施しなければならない。

それに加えて,議会は8月21日,マデシらが要求してきた憲法改正を,政府が選挙日を決定したあとで否決してしまった。

先行き不安。稔と祭りの秋のダブル,いや正確にはトリプル選挙となるのだろうか?

 ■WIKIより(2017-03-10)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/08/22 at 12:11

カテゴリー: 選挙, 議会, 憲法

Tagged with

ネパール人労働者,韓国で自殺

韓国紙『ハンギョレ』が8月15日,社説「移住労働者の死を呼んだ「雇用許可制」、廃止を議論すべき」において,ネパール人労働者ケシャブ・シュレスタさん(27歳)の自殺問題を取り上げ,韓国の「雇用許可制(Employment Permit System)」を厳しく批判している。

韓国は,労働力不足に迫られ1993年,「産業研修生制度」を制定したが,これは劣悪な「研修労働」をはびこらせ,内外から「現代版奴隷制度」と非難されることになった。そのため,これに代わる「雇用許可制」を制定し,2004年8月から施行している。

「雇用許可制」は,政府が送り出し国との間で二国間協定を結び,その国からの労働者の受け入れを入国から出国まで一元的に管理する制度。企業は,政府から雇用許可書を取得し,受け入れ外国人労働者の中から必要人数を雇用する(EPSホームページ参照)。

外国人労働者の待遇
 ・雇用期間は4年10か月。再雇用は,3か月の出国後,さらに4年10か月可能。(EPSホームページでは,雇用期間3年,6か月の出国後,再雇用3年となっている。)
   *合法滞在が連続5年以上となると永住権取得申請が可能。
 ・労働条件は韓国人労働者と同等。労働三権,最低賃金,健康保険,雇用保険,産業災害保険など。
 ・転職は3回まで可能。

韓国の「雇用許可制」は,このように政府が外国人労働者の受け入れにつき全般的な管理責任を持ち,しかも外国人労働者の権利を広く認めるものと思われたので,当初,国際社会の評価はきわめて高かった。国連は「公共行政大賞」を授与したし,ILOや国際移住機構(IMO)も先進的なモデルと称賛した。

EPS HP(ネパール語版あり)

しかしながら,この「雇用許可制」も,韓国人が嫌がる危険で過酷な仕事を低コストで雇用期間限定の外国人労働者にやらせることを目的とする点では,「研修生制度」と本質的には変わりはない。外国人労働者は家族の呼び寄せはできないし,雇用主の同意がなければ,事実上,転職もできない。万が一,解雇され,無登録滞在ともなれば,巨額の保証金を没収されてしまう。そのため,たとえ低賃金や過酷労働であっても一人で耐え忍ぶほかない。外国人労働者の処遇は,事実上,雇用主が握っているからだ。

『ハンギョレ』社説が取り上げたケシャブ・シュレスタさんも,このような「雇用許可制」の犠牲者の一人である。ケシャブさんは,部品製造工場で昼夜12時間・2交代制で働かされたため,不眠症となった。転職は困難だし,一時帰国しての治療も許されない。追い詰められ,結局,彼は自殺してしまった。

同様のネパール人労働者の死が,この数年で数件あるという。転職できずに自殺2人,夜間心臓麻痺で死亡1人,養豚場浄化槽で中毒死2人,工場4階から転落死1人など。

「日経新聞」(2017年3月22日)によれば,韓国の「雇用許可制」による外国人労働者は26万人,日本の外国人技能実習生は21万人。人口比では,韓国の方が倍以上,多いことになる。

外国人労働者を受け入れるための制度としては,韓国の「雇用許可制」の方が優れていると思うが,たとえそうだとしても,自国労働者不足の穴埋めのための安上がりの一時的労働力として外国人労働者を受け入れるなら,それも結局は「使い捨て労働者制度」(アムネスティ)と非難されても仕方ないことになってしまうだろう。

 ■梁山市外国人労働者の家FB

【参照】
*1 ネパール人雇用,公平高給の韓国
*2 韓国,ネパール人労働者5700人受け入れ
*3 韓国語検定に受検者殺到
*4 佐野孝治「韓国の「雇用許可制」と外国人労働者の現況」,『福島大学地域創造』第26巻第1号,2014.9
*5 「[社説]移住労働者の死を呼んだ「雇用許可制」、廃止を議論すべき」,『ハンギョレ』2017.08.15
*6 「「通帳に残った31万円は妻と妹に…」あるネパール移住労働者の死」,『ハンギョレ』 2017.08.10
*7 「外国人の雇用許可制 曲がり角の「韓国モデル」 」,『日本経済新聞』,2017/3/22
*8 「韓国「雇用許可制」が半数 留学生バイト少なく」,『日本経済新聞』2017/3/22
*9 チョン・ヨンソプ(移住労働者運動後援会事務局長)「移住労働者雇用許可制10年、奴隷許可制だった」,『レイバーネット』,2014.08.14

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/08/16 at 13:39

カテゴリー: 経済, 人権

Tagged with , ,

ネパールの「法の支配」,南アジア首位

「法の支配指標2016」によれば,ネパールは世界113か国中の第63位ながら,南アジアでは第1位となった。10年に及ぶ人民戦争の大きな犠牲によってあがなわれた成果の一つとみてよいであろう。
 * World Justice Project, Rule of Law Index 2016, World Justice Project, 2016

「法の支配」4原則
 (1)政府機関,個人および企業による法の順守。
 (2)法は明確で,公布され,安定的および公正であること。法は公平に適用され,人格及び財産の安全を含む基本的諸権利を守るものであること。
 (3)法の制定,管理および適用が公知,公平および効果的であること。
 (4)裁判は有能,倫理的かつ独立・中立の代表(裁判官)により迅速に行われること。および,裁判官の構成はその社会の住民構成を反映するものであること。

1.「法の支配」世界順位
 1 デンマーク
 2 ノルウェー
 3 スウェーデン
 15 日本(東アジア3位)
 63 ネパール

2.「法の支配」南アジア順位
 1 ネパール(世界順位63)
 2 インド(世界順位66)
 3 スリランカ(世界順位68)
 4 バングラディシュ(世界順位103)
 5 パキスタン(世界順位106)
 6 アフガニスタン(世界順位111)

3.ネパールの「法の支配」
「治安」と「政府諸権力の統制」は比較的良いが,「民事裁判」と「腐敗の不在」はきわめて悪い。
  

4.日本の「法の支配」
「治安」,「民事裁判」および「司法・行政等の決定の効果的執行」はよいが,「政府諸権力の統制」,「開かれた統治」,「基本的人権」および「刑事裁判」はかなり悪い。
  

谷川昌幸(C)

  

Written by Tanigawa

2017/08/14 at 18:45

カテゴリー: 行政, 司法, 政治, 民主主義

Tagged with

ゴビンダ医師,合意履行を求めハンスト

ゴビンダ・KC医師が,医学界改革に関する合意の履行を政府に求め,7月24日から無期限ハンストを決行している。前回(2016年11月13日~12月4日)から半年後,11回目のハンストだ。

ゴビンダ医師の要求は,医科教育と医療行政の近代化・公正化であり,終始一貫している。(参照:ゴビンダ医師の改革諸要求

ネパールでも,医者は特権階級であり,医科教育や病院経営はカネになる。当然,そこには利権を目当てに政治家や有力者,ゴビンダ医師に言わせれば「マフィア」が介入し,様々な不正・腐敗が生じる。ゴビンダ医師は,それらを排除し,地域差のない国民のための公正な医療を実現することを,一貫して要求してきたのである。

ゴビンダ医師の要求は,昨年末のハンスト闘争の結果,政府(プラチャンダ首相)が「医科教育法」(2016年9月法案提出)制定に向け努力することを約束したことにより,大きく前進するかに見えた。

ところが,政府は「医科教育法」制定を先送りしてきたばかりか,同法立法趣旨に反するような動きを強めてきた。同法制定以前の私立医大設立認可への動き,私立医大の高額授業料(1000万ルピーに及ぶ場合もある)の放置,私立医大への不正入学(学力不足受験生の裏口入学),トリブバン大学幹部教職員と私立医大との不透明なコネなど。

これらの問題解決が難しいのは,有力政党や政治家が深く関係しているため。たとえば,いま問題にされているジャパ郡ビルタモドの「B&C病院」はマオイスト系だし,「マンモハン記念健康科学機構」はいうまでもなくUML系。ゴビンダ医師の要求が「政治的」とならざるをえないのももっともだ。

ゴビンダ医師の要求は至極もっともだ。そうした要求を無期限ハンストで訴えざるをえないところに,ネパール医学界をむしばむ根深い宿痾があるのではないだろうか。


 ■Facebook: SolidarityForProfGovindaKc, 10 Aug 2017

追加(8月17日)】ゴビンダ医師,洪水被害拡大の状況を考慮し8月15日,ハンスト中止(23日目)。

*1 “Dr KC warns of agitation if Nat’l Medical Education Bill not amended,” Kathmandu Post, May 3, 2017
*2 “Dr KC warns of hunger strike from tomorrow,” Kathmandu Post, Jun 4, 2017
*3 “Dr KC warns of death fast over erring colleges Memorandum submitted to IoM dean,” Kathmandu Post, Jul 17, 2017-
*4 “Govt seeks more time to address demands,” Kathmandu Post, Jul 30, 2017
*5 “Dr KC’s hunger strike: Talks with govt team inconclusive,” Kathmandu Post, Aug 2, 2017-
*6 “Save Dr Govinda KC’s life: NHRC to govt,” Kathmandu Post, Aug 4, 2017
*7 ABHI SUBEDI, “Rainbow of KC’s Satyagraha,” Kathmandu Post, Aug 6, 2017
*8 “Dr KC’s health deteriorating ‘critically’,” Republica, August 9, 2017
*9 “A deal that disregards Dr KC’s demand,” Kathmandu Post, Aug 10, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/08/12 at 19:13

カテゴリー: 行政, 教育

Tagged with , ,

プラチャンダの愛娘,ごり押し市長当選

ネパール地方選では女性が大躍進,全ポストの40%を占めるに至ったが,その中には,あまり関心しない事例もみられる。その典型が,マオイスト(MC)議長プラチャンダの娘,レヌ・ダハルさんが市長に当選した8月4日のバラトプル市再選挙。

 ■レヌ・ダハル(同FBより)

チトワン郡バラトプル市(28万人)は全29区。ここはプラチャンダ議長の地元だが,もともとコングレス党(NC)の地盤であり,また統一共産党(CPN-UML)も強い。マオイストは人民戦争の悪イメージが残り,はるか引き離された第3勢力。

ここに,当時首相だったプラチャンダ議長が,娘のレヌさんを市長候補として押し込んだ。レヌさんはプラチャンダ議長の第2子で1976年生まれ。マオイスト政治局員であり,第1次制憲議会比例制選出議員だったが,バラトプルでは知名度は低く不人気。
 【市長候補
   MC=レヌ・ダハル
   UML=デビ・ギャワリ
 【副市長候補
   NC=パルバティ・シャハ
   UML=ディビヤ・シャルマ

投票は5月14日。投票終了後,開票作業が行われ,28日深夜には全29区のうち第19,20区の2区を残すのみとなった。この時点で,レヌ候補(MC)はギャワリ候補(UML) に784票負けていた。

この経過を見ていたマオイストは,もはや逆転勝利は不可能と判断,開票所に来ていたマオイスト2人が開票作業中の第19区の投票用紙90枚を奪い破り捨ててしまった。そのため,開票はここでストップ。マオイスト2人は逮捕されたが,1週間後,1人10万ルピーで保釈された。

これに対し,リードしていたUMLは,当然,激怒,開票再開を要求した。ところが,MCとNCは第19区の投票やり直しを主張した。これを受け中央選管は審議した結果,再投票を決定,そして最高裁も7月30日,それを合法と認めた。こうして,バラトプル市第19区は8月4日再投票と決まった。この間,MCやNCが,再投票に向け,与党として様々な影響力を行使したことは想像に難くない。

その一方,レヌ陣営は,再投票を見越し,猛烈な働き掛けを続けた。父のプラチャンダ(MC党首,7月7日まで首相)は,連立相手のNCと手を組んで野党UMLと対抗,市長にはレヌ・ダハル,副市長にはディビヤ・シャルマを当選させるという作戦を一層強化した。また首相や与党党首の地位を利用し,様々な地元支援をも約束したという。

その結果,コングレス支持者の相当数が,再投票ではレヌ候補に投票し,結局,僅少差でレヌさんが勝利を収めた。副市長もコングレス候補が勝利。
 【バラトプル市長選・開票結果】
  ▼市長
   レヌ・ダハル(MC)43,127 当選
   デビ・ギャワィ(UML)42,924
  ▼副市長
   パルバティ・シャハ(NC)47,197 当選
   ディビヤ・シャルマ(UML)39,535

こうして,バラトプル市長選は,政権与党MC=NCの思惑通りとなったが,これはどう見ても選挙の公正に反する。こんなことが前例となれば,開票状況不利な陣営が開票妨害をし,再投票に持ち込むことが許されてしまう。

今回のバラトプル市長選では,伝統的な有力者の身内えこひいき(アフノマンチェआफ्नो मान्छे)が,依然として健在であることを改めて強烈に印象づけられた。イデオロギーや法の取り決めよりも,身内の方がはるかに優先されるということ。

 ■チトワン郡投票用紙(選管HP)

*1 “PM Dahal’s daughter files nomination for Bharatpur mayor,” Kathmandu Post, 2 May 2017
*2 “Re-polling in Ward 19”, Nepali Times, 30 Jul 2017
*3 “Will Renu Dahal be able to turn the tables on Devi Gyawali in Bharatpur?,” Setopati, 4 Aug, 2017
*4 “Renu Dahal wins Bharatpur mayoral race,” Republica, 5 Aug 2017
*5 “Bharatpur re-election: Renu Dahal turns the tables on Devi Gyawali,” Kathmandu Post, 6 Aug 2017
*6 “Renu Dahal elected mayor of Bharatpur metropolis,” Himalayan, 6 Aug 2017
*7 “Renu’s victory fails to impress Maoist leaders,” Kathmandu Post, 7 Aug 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/08/11 at 17:19

ネパール地方選における女性の大躍進

ネパール地方選は,第1次(5月14日投票)と第2次(6月28日投票)が実施され,残るは第3次(第2州対象,9月18日投票予定)のみとなった。これまでのところ,選挙は,多少の混乱はあったが予想以上に順調に行われ,全体として野党UMLがやや優勢であるものの,NC=MC連立政権の存続を脅かすほどではない(*3, *4)。

この地方選で最も注目されるのは,政党の勝ち負けよりも,むしろ女性の大躍進である。全体の正確な数字はまだ明らかになっていないが,第1次選挙では当選者の約40%が女性となった模様である。

これは,ネパールがつい最近まで女性差別の最も大きい国の一つとされてきたことを考えると,驚異的な変化である。どのようにして,地方政治への女性の進出は可能となったのであろうか?

直接の最大の要因は,選挙制度の抜本的大改正である。国政選挙では,新憲法制定の結果,すでに女性議員比率約30%となっているが,ここでは地方選挙制度の概要を見ておこう。

ネパールの地方政府(地方自治体)は,IFES「ネパールの選挙:2017年地方選挙」(*1)によれば,次のような構成になっている。(現在制度改変中であり,以下は上記資料データによる。)

郡――市/村――区
 ・郡(जिल्ला) 75
 ・市(नगरपालिका) 264
   大都市(महानगरपालिका) 28万人以上
   中都市(उप-नगरपालिका) 15万人以上
     市(नगरपालिका)  2万人以上
 ・村(गाउँपालिका) 481
 ・区(वार्ड) 各市/各村ごとに5~33
代表の構成
 ・区:区長1,議員4を選挙選出
 ・市/村:市長・副市長/村長・副村長を選挙選出
      議会は市内/村内の各区の代表(区長・区議員)により構成
 ・郡:郡議会は各市/各村の市長・副市長/村長・副村長により構成
    郡行政委員会(定数9)は郡議会議員から選出

代表選出方法
 各有権者は,次の7ポストにつき,1枚の投票用紙で投票(印を付け投票)
  市長/村長 1
  副市長/副村長 1
  区長 1
  女性区議員 1
  ダリット区議員 1
  一般区議員 2

女性候補と女性留保ポスト
 ・区選挙立候補者5人のうち2人は女性で,かつその1人はダリット
 ・市長/村長と副市長/副村長の両方に候補者を出す場合,いずれか一方は女性
 ・郡行政委員会の委員長と副委員長の両方に候補者を出す場合,いずれか一方は女性
 ・女性留保議席:市議会5,村議会4,郡行政委員会(定数9)3

投票用紙(カトマンズ用*3)
  

以上がネパール地方選挙制度の概略だが,国政選挙と同様,包摂民主主義に則っているため,要約困難なほど複雑だ(誤りがあれば,ご指摘ください)。日本でも運用困難かもしれない,これほどややこしい方法による選挙が,さして大きな混乱もなく実施できたことは,正直,たいへんな驚きである(*2)。

それはともあれ,こうした女性のためのクォータ制や留保制により,ネパールの地方自治へ女性が大量進出,ポストの40%を占めるに至ったことはまぎれもない事実。女性は副市長/副村長の方に回され,市長や村長はまだ少ないという批判もあるが,それは候補者選択の際の党内民主主義の向上に俟つべきかもしれない。

このようにネパールの政治制度改革は目覚ましい。いくつかの点で,ネパールは今や日本を追い越し,はるか先を行っている。そうした点については,日本は,謙虚に頭を垂れ,教えを乞うべきであろう。

▼バンダリ大統領(左)とマガル国会議長(右)(大統領府HP)
  

【参照】「議会と政府における女性」英下院図書館,2017年7月12日(*1)
 ・女性大統領(2017年3月現在):ネパール,スイス,台湾ほか11か国
 ・女性議長(2017年6月1日現在):ネパール,オーストリア,ベルギー,デンマークほか55か国
 ・国会女性議員比率(193国,2017年6月1日現在)
  1 ルワンダ61%,6 スウェーデン44%,12 ノルウェー40%,47 ネパール30%,161 サモア10%,164 日本9%,167 コンゴ9%,170ブータン9%,178 イラン6%,190 カタール0%

*1 International Foundation for Electoral Systems, “Elections in Nepal: 2017 Local Elections,” May 10, 2017
*2 百党斉放のネパール地方選挙
*3 地方選:2大政党善戦と選挙運動の変化
*4 地方選,3回に分けて実施

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/08/10 at 09:54

カテゴリー: 選挙, 行政, 議会, 人権

Tagged with , ,

京都の米軍基地(109):ミサイル攻撃避難広報の空念仏

京丹後市は,米軍経ケ岬通信所の司令官交代とほぼ同じころ,7月号広報(6月23日発行)に「弾道ミサイル落下時の行動について」を掲載した。これは,内閣官房「国民保護ポータルサイト」のものをほぼそのまま転載したに過ぎないが,それでも米軍Xバンドレーダー基地があるがためミサイル攻撃の危険性を切実に感じ始めた京丹後市民にとっては,見過ごすことのできない気になる通知であった。

といっても,このミサイル攻撃対処広報は,噴飯もの。焼夷弾に防空頭巾と塵叩き,戦車に竹槍で戦えと教え訓練した日本軍国主義の臣民教化を彷彿とさせる。

▼弾道ミサイル落下時の行動について(京丹後市広報7月号)
 

あれあれ,どこまで本気!? 竹槍よりもはるかに非現実的。核弾頭は無論のこと,通常爆弾弾頭であっても,こんな対策でミサイル攻撃に対抗できるわけがない。しかも丹後は人口密度の低い農漁村・山村地帯。山腹に芋穴はあっても,地下街などない。

もし本気でミサイル攻撃に備えるつもりなら,堅固な核シェルター(非常食完備の空気清浄機付き地下壕)を丹後各地に必要数建設すべきだ。これなら,多少の犠牲軽減効果を期待できる。

ところが,東京の政府には,そのような多少とも現実的なミサイル攻撃対策を進めるつもりは,毛頭ない。彼らは,自分たちの宣伝する国民のミサイル攻撃対処策が全くの画餅であり空念仏であることを百も承知の上で,それを別の意図をもって広報しているのだ。

それは,軍国主義時代と同様,国民の危機感をあおり,世論を統一・動員し,挙国一致で軍事大国化を推進していくことにある。この意味では,内閣官房のミサイル攻撃対処広報は,きわめて現実的であり有効。特に京丹後市では,米軍Xバンドレーダーを誘致したがため他の地域以上にミサイル攻撃の危険性が高く,したがってそれだけこの対処広報の効果も大きくなるわけだ。

このようにみてくると,内閣官房や京丹後市役所に脅され,国防意識高揚に動員されていくのは,市民自身の安全にとって何の益にもならないことは明白だ。

最善の策は,そもそもの脅威の元である米軍基地を撤去させること。そして,それが実現するまでは,次善の策として,各戸に一つ,隣組ごとに一つ,田畑や山林や海岸の要所ごとに一つ,強力堅固な核シェルターを全額国費でもって建設,運営,維持させること。

米軍基地を押し付けた東京の政府には,この程度の経費負担は当然である。東京やワシントンを守るためのXバンドレーダー基地を押し付けておきながら,住民には「ミサイルが飛んで来たらすぐ逃げましょう!」といった空念仏を唱えさせて済ますのは,あまりにも卑怯だ。

▼地域シェルター(『ライフ』表紙)/4人用シェルター(アマゾン好評発売中)
 

【参考】核シェルター普及率(人口当たり)
 スイス100%,ノルウェー98%,アメリカ82%,イギリス67%,日本0.02%

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/08/08 at 09:48

京都の米軍基地(108):司令官交代で秘密主義へ?

米軍経ケ岬通信所の司令官が6月26日,サラ・カルデナス大佐からアントン・マクダフィー(Anton McDuffie)大尉に交代した。司令官交代式は,米軍御用達セントラーレ・ホテル京丹後の結婚式場付近で催行。

通信所初代司令官のオルブライト少佐はサービス精神旺盛なネアカ軍人だったし,二代目のカルデナス少佐もネット上にかなりの情報があり催事にもよく顔を出していた。ところが,三代目のマクダフィー大尉については,ネット上にもほとんど情報がない。毎日新聞は,皮肉交じりに,こう報道した。

「米軍経ケ岬通信所・・・・の司令官が26日付で交代することとなり、現司令官のカルデナス少佐と次期司令官のマクダフィー大尉が16日、・・・・府庁を訪れ、山田啓二知事にあいさつした。・・・・面会は米軍側の要望で冒頭を除き非公開とされた。府総務調整課の説明では、カルデナス司令官から「大変お世話になりました」との言葉があったが、マクダフィー次期司令官は終始沈黙。Xバンドレーダーの騒音解消のための商用電力導入と、米軍人・軍属が関係する交通事故が相次いでいることを念頭に交通安全の徹底を、山田知事が要請したが、米軍側から回答はなかったという。」(毎日新聞2017年6月17日,強調引用者)

「米軍経ケ岬通信所・・・・の新司令官、マクダフィー大尉は22日、京丹後市の三崎政直市長を訪ねて着任のあいさつをした。・・・・懇談は冒頭の写真撮影だけで非公開で行われ、三崎市長は市民の安全・安心のための取り組みを要請したという。」(毎日新聞2017年6月23日,強調引用者)

米軍はいよいよ本領発揮,アメリカ・ファースト,極秘任務遂行のため,秘密の底にむけ潜航し始めたのではないか。

▼司令官交代式(セントラーレ・ホテル京丹後,6月26日)


 *最初の写真Fliker: The 94th AADDC,最後の写真ウエストポイント士官学校HP,他は米軍通信所FBより。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/08/07 at 14:36

カテゴリー: 軍事

Tagged with ,