ネパール評論

ネパール研究会

Archive for 9月 2017

第2州地方選挙でUML低迷

地方選のうち最後に残っていた第2州の選挙が9月18日実施され,その結果が9月28日発表された。

第2州の自治体は総数136。それらの首長として選出されたのは,NCが40,マオイストが21だったのに対し,UMLは18にとどまった。マデシ系は,連邦社会主義フォーラム(FSF-N)26,全国人民党(RJP-N)25,ネパール民主フォーラム3と,善戦した。

  
 ■首長当選者数 全国/第2州(ekantipur, 2017/09/29)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/29 at 21:57

カテゴリー: 選挙

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史上最大のデウバ内閣,大臣56人

ネパールはいま,2007年暫定憲法体制から2015年憲法体制への移行期。憲法はすでに2015年憲法になっているが,この憲法に基づく連邦議会選挙はまだ行われておらず,現在の議会や内閣は旧2007年憲法に基づき選出されたもの。そのため移行期特有の様々な矛盾や問題が生じている。

その一つが,巨大議会と巨大内閣。制憲議会は,人民戦争を戦った諸勢力を包摂するため定数601の巨大議会となった。本会議は大ホールで開かれ,後方席からはオペラグラスでも持ち込まないと前方の様子がよく分からない。発言者のツバがかかりそうな英国議会とは対照的だ。

内閣も諸勢力包摂のため巨大化する一方。2007年暫定憲法によれば,首相は「政治的合意」に基づき,副首相,大臣,副大臣および大臣補を,原則として議会議員の中から選出する。もともと議会が巨大であり,包摂のための合意も必要だから,これだけでも内閣は大きくなりやすい。しかも,大臣ポストは分配する側にも分配される側にとっても巨大利権だから,包摂民主主義の下で内閣拡大を止めることは極めて難しい。直近の3内閣の大臣数は次の通り。
 ・オリ内閣(2015年10月~16年8月):40人
 ・プラチャンダ内閣(2016年8月~17年6月):41人
 ・デウバ内閣(2017年6月~現在):56人

現在のオリ内閣56人は,ネパール史上最大。さすがにこれは多すぎる,党利党略だ,政治の私物化だ,などと批判されているが,これに対しデウバ首相は9月21日,国連本会議出席のため滞在中の米国において,憲法は議員総数の10%まで大臣を認めているので,最大60人まで任命可能だと答えたという。(議員総数の10%までという規定は,どこかにあるのであろうが,管見の限りでは見当たらなかった。)60人とは,これはまたスゴイ! さすが包摂民主主義モデル国だ。

しかし,このような包摂を名目とした大臣職の大判振る舞いは,政治の在り方として,本当に望ましいことだろうか?

一つは,いまは新憲法体制への移行期だということ。2015年憲法に基づく連邦議会選挙が11月26日/12月7日に実施される。現在の立法議会の任期は2018年1月21日までだ。

しかも,2015年憲法は,内閣につき,次のように定めている。
 ・・・・<以下引用>・・・・
第76条 大臣会議[内閣]の構成
(9)大統領(राष्ट्रपति)は,首相(प्रधानमन्त्री)の勧告に基づき,連邦議会議員の中から包摂原理に則り選ばれた首相を含む最大25人の大臣(मन्त्री)からなる大臣会議(मन्त्रिपरिषद्)を構成する。
 解釈:本条において,「大臣」は,副首相(उपप्रधानमन्त्री),大臣,副大臣(राज्यमन्त्री)および大臣補(सहायक मन्त्री)を意味する。
 ・・・・<以上引用>・・・・

連邦議会選挙が行われ,新議会が成立すれば,大臣数は半分以下に制限される。来年早々のことだ。それなのに,デウバ首相はさらに大臣を増やすことすら考えているという。任期満了直前の大臣職利権のバラマキのように見えてならない。

もう一つは,政治的・経済的合理性があるのか,という点。内閣を拡大すればするほど,政治過程が複雑となり,直接・間接経費も増える。民主主義,とくに包摂民主主義は手間とカネがかかるものとはいえ,これほどの内閣巨大化は主権者たる人民の利益とはならないのではあるまいか。

 ■プラチャンダ前首相らと会見するデウバ首相(首相ツイッター)

*1 “Cabinet expansion a compulsion, says Prime Minister Deuba,” Himalayan, September 13, 2017
*2 “60-member cabinet could be formed as per Nepal’s constitution: PM Deuba,” Republica, September 22, 2017
*3 “Deuba hints at expanding cabinet further,” Republica, September 23, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/27 at 21:03

カテゴリー: 行政, 議会, 憲法, 民主主義

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中ネ交通インフラ建設,印がますます警戒

中国が,チベットからネパールに向けての交通インフラ建設を加速させている。9月15日には,シガツェ和平空港(軍民共用)からシガツェ市内までの高規格道路が完成した。ラサからシガツェに至るG318号線の一部で幅員25m,イザというときには軍用機の離発着が可能だそうだ。

 ■シガツェ和平空港~シガツェ市(Google)

鉄道は,ラサからシガツェまではすでに完成しており,2020年までにその先の吉隆鎮(Kyrong, Gyirong, Kerung)まで延伸の予定。吉隆鎮からネパール側のラスワガディまでは30㎞ほど,カトマンズまででも120㎞余り。山岳地で難工事が予想されるが,すでに中国企業数社が事業化をネパール側に打診している。

この9月6~11日に公式訪中したKB・マハラ副首相兼外相も,このルートでの鉄道建設につき,中国側とかなり突っ込んだ話し合いをした模様だ。「一帯一路」のネパール経由ルートは,ラサ~シガツェ~ラスワガディ~カトマンズが本命となったとみてよいであろう。

 ▼シガツェから鉄道3線延伸,2030年までに(中国日報*3)
 

この中国南進に神経をとがらせているのが,インド。たとえば,国際政治学者のA・ルフ(*1)は,次のように指摘している。

「パキスタン,バングラデシュ,スリランカ,ネパールはいまや北京の衛星国家である。」
「ネパールは,旧シルクロードを今日に再生し名実ともに超大国になろうとする中国の大きな野望から最大の利益を得ている国の一つであり,これこそが,対印関係悪化を警戒しつつも,ネパールをしてインドをいら立たせても構わないという態度をとらせている理由である。」
「中国と南アジアとの経済関係は,『一帯一路』によりさらに強化され,これが安全保障関係強化にもつながるものとみられている。これを,インドは危惧しているのである。」(*1)

ネパールなどを「衛星国家」と呼ぶのはいささか言いすぎだが,「一帯一路」の旗を翻し,着々と南下する中国をインドが警戒するのは当然といえよう。

 ■吉隆鎮~ラスワがディ(Google)

*1 ABDUL RUFF, “China, Nepal to focus on cross-border Railway,” Modern Diplomacy, SEP 19, 2017
*2 Ramesh Bhushal, “Nepal dreams of railway linking China to India,” 中外対話,22.09.2017
*3 Cui Jia and Hou Liqiang, “Himalayan rail route endorsed,” China Daily, 2016-08-05
*4 Om Astha Rai, “The Tibet Train: China’s railway arrives in Kerung in 4 years, Nepal should get its border infrastructure in place by then,” https://nepalitimes.atavist.com/the-tibet-train
*5 “Feasibility study for railway projects in Nepal under way,” Himalayan Times, June 10, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/25 at 14:10

核禁止条約,率先してネパール署名

核兵器禁止条約署名式が9月20日,国連本部で開催され,ネパールはKB・マハラ副首相兼外相がこれに署名した。BR・パウダル報道官「これは核廃絶へ向けての意義ある一歩前進だ。」

南アジアでは,他にバングラデッシュも署名したが,インド,パキスタン,スリランカは署名していない。

日本は,唯一の被爆国であり,北朝鮮の核開発に猛反対しているにもかかわらず,この条約の意義を頭から否定し,条約交渉にすら参加せず,むろん署名はしていない。

印中二大核保有国に挟まれたネパールは,率先して条約に署名した。こんなところも,日本はネパールから学ぶべきだろう。

■国連HP

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/21 at 20:00

カテゴリー: 軍事, 平和

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「宗教の自由」とキリスト教:ネパール憲法の改宗勧誘禁止規定について

「自由」は一般に,格差のあるところでは「強者の権利」となりがちである。格差を無視し自由を形式的に認めると,経済的,政治的,知的,身体的等々において優位にある者が,自由を名目として,劣位にある者を事実上一方的に支配することが許されてしまう。形式的自由は「強者の権利」を正当化する。最も基本的な自由の一つである「宗教の自由」もその例外ではない。このことについては幾度か議論してきたが,重要な問題であるので,ここでもう一度,ネパールを例にとり,「宗教の自由」について考えてみたい。
 【参照】世俗国家 キリスト教 改宗

 ■Church in Nepal HP

1.ネパール憲法の「世俗国家」規定と「宗教の自由」
現行2015年ネパール憲法は,「宗教の自由」について次のように規定している。

 ・・・・・<以下引用>・・・・・
第26条 宗教の自由への権利
(1)宗教的信仰を持つ何人も,自分の信じる宗教を告白し,実践し,そして守る権利をもつ。
(3)何人も,本条規定の権利の行使において,公共の健康・良俗・道徳に反する行為,公共の平和を損なう行為,他者を別の宗教に改宗させる行為,または他者の宗教を損なう行為を,自ら行うことも他の人に行わせることも為してはならない。そのような行為は法により処罰される。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

宗教の自由は最も基本的な人権の一つだが,無制限ではなく,他者の正当な権利の侵害までも許容するものではない。しかし,たとえそうだとしても,この26条3項による宗教の自由の制限は,あまりにも広範であり,解釈次第でどのような宗教活動であっても禁止されてしまう恐れがある。

とりわけ問題なのが,改宗勧誘の禁止である。直接的あるいは間接的な改宗勧誘が禁止されてしまえば,自発的な改宗の機会も少なくなるので,これは改宗の全面禁止に近い規定とみてよいであろう。

それでは,改宗を禁止ないし大幅制限したうえでの「宗教の自由」とは何か? それは,既存の諸宗教を前提とし,それらを信仰する自由にすぎないのではではないか? そのことを,もって回った表現ながらも,具体的に規定しているのが,憲法4条の世俗国家規定である。

 ・・・・・<以下引用>・・・・・
第4条 ネパール国家
(1)ネパールは,・・・・世俗的な(धर्मनिरपेक्ष)連邦民主共和国である。
 解釈(स्पष्तीकरण, explanation):本条でいう「世俗的」は,古くから伝えられてきた宗教や文化を含む,宗教と文化の自由を意味する。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

この第4条を第26条と合わせ読むと,ネパール国家の根本規定の一つたる「世俗的」は,改宗が大幅規制されているのだから,結局,「古くから伝えられてきた宗教や文化の自由」にほかならないことがわかる。世俗国家たるネパールは,古来の宗教や文化の自由を保障しなければならない。では,その古来の宗教や文化とは何か?

2011年人口調査によれば,ネパールの宗教別人口は,ヒンドゥー教81.3%,仏教9%,イスラム教4.4%,キリスト教(多数がプロテスタント)1.4%,その他3.9%。ネパール憲法は,「世俗的」を,事実上,古来の宗教文化と規定することにより,このヒンドゥー教(およびそれと習合した仏教)を中心とする既存の宗教社会の保守を義務づけているのである。

3.キリスト教徒急増と改宗勧誘禁止規定
ネパールが,外国とりわけ欧米近代諸国家との接触があまりない伝統的閉鎖社会であり続けたなら,ここまで強引な改宗禁止規定を憲法に置く必要はなかったであろう。国民のほとんどがヒンドゥー教とそれと習合した仏教を信じており,たとえ「宗教の自由」を認めても,彼らは圧倒的な多数派であり,「強者」として政治的,社会的,文化的なあらゆる権益を守ることができたに違いない。

ところが,ネパールは,1990年と2006年の2回の人民運動(民主化運動)の成功により,近現代民主主義を受け入れ,本格的に国を開き,欧米諸国と直に向き合うことになった。その結果,ヒンドゥー教は,ネパール国内では依然として多数派強者ではあっても,世界社会では必ずしもそうとは言えなくなってしまった。

この新たな状況下で,ネパール国内の他の宗教が,国外の何らかの有力勢力と結びつき支援を受け始めるなら,ネパール・ヒンドゥー教の優位は,経済的にも国際世論的にもたちまち瓦解する。そうなれば,「宗教の自由」は,外国勢力の支援を受け,その意味で新たに強者となった他の宗教の「強者の権利」へと一変してしまうのである。

民主化後のネパールにおいて,この「宗教の自由」を最も有効に使い,急速に勢力を拡大してきたのが,キリスト教である。キリスト教徒は,2011年人口調査で全人口の1.4%だが,実際には3~7%,あるいはそれ以上ともいわれている。1991年が0.2%,2001年でも0.5%だから,政府公式調査でも大幅増,実数はそれを大きく上回る。(日本は1%[2012]。)近年のネパールは,キリスト教徒増加率が世界で最も高い国だといわれている。

では,ネパールで,なぜいまキリスト教徒が急増しているのか? ヒンドゥー教の側は,ネパールのキリスト教会が直接的あるいは間接的に先進諸国の援助を受け,ネパールの人々に金銭や物品,教育や医療・福祉の機会などを提供し,キリスト教に改宗させているからだと非難している。先進諸国の教会などの支援を受けているネパールの教会は,経済,科学技術,教育,医療,福祉など宗教以外の多くの分野において優位となり,この強者の立場を利用してネパール庶民をキリスト教に改宗させているというのである。

ネパールのヒンドゥー教勢力が,2015年憲法に強引に世俗国家規定を置き,改宗勧誘禁止を書き込んだ最大の理由は,強者として「宗教の自由」を利用し信者を増やしていると彼らがみなすキリスト教会の動きを阻止することにあったとみてよいであろう。

 
 ■Churches Network Nepal HP / Nepal Church Com HP 

4.アメリカ政府によるキリスト教会支援
キリスト教会が「宗教の自由」を強者として利用し乱用しているというのは,ヒンドゥー教の側の言い分だが,この非難には全く根拠がないわけではない。たとえば,アメリカ国務省の「宗教の自由レポート2016年」をみると,アメリカ政府がネパールにおけるキリスト教会の自由のために大使館をあげて努力していることがよくわかる。
 * “International Religious Freedom Report 2016: Nepal,” US Department of State

「宗教の自由レポート2016年」は,まず,ネパールにおける「宗教の自由」の現状を批判的に要約・紹介する。
 ・2015年憲法が「世俗主義」を「古来の宗教と文化の保護」と規定していること。
 ・2015年憲法が改宗勧誘を禁止していること。
 ・仏教僧院を除き,キリスト教会などの宗教組織はNGOとして登録し,規約,役員,会計,事業活動などの詳細な報告を義務づけられていること。
 ・キリスト教系学校は公費補助を受けられないこと。
 ・ドラカ郡でキリスト教徒8人が改宗勧誘容疑で逮捕された事件(2016年8月)。
 ・ジャパ郡で外国人キリスト教徒が改宗勧誘容疑で逮捕され,国外退去処分とされた事件(2016年8月)。
 ・クリスマスが国民祭日から外されたこと(2016年3月)。
 ・キリスト教徒は墓地の購入や利用が困難なこと。
 ・様々なメディアが,キリスト教会は騙したり物品を配ったりして改宗させ,また教会行事と称して改宗勧誘を行っているなどと,さかんに報道していること。
 ・牛(オスとメス)殺害が重罰をもって禁止され,パンチタール郡では牛殺害容疑で4人が逮捕されたこと。
 ・政府が郡開発委員会に対し,改宗を勧誘する団体のNGO登録は認めてはならない,とする通達を出したこと。
 ・キリスト教に改宗したが,秘密にしている者が多数いること。

アメリカ国務省レポートは,ネパールにおける「宗教の自由」の現状につき以上のような指摘をしたうえで,「米国政府の政策」を次のように報告している。少々長く重複もあるが,要所を抜き出し紹介する。

 ・・・・・<以下引用>・・・・
ドラカ郡で改宗勧誘容疑により8人が逮捕され裁判にかけられたとき,米大使館員はネパール政府高官と会い,自分の宗教を自由に実践する人民の権利を尊重するよう要請した。米大使館員は,宗教関係図書配布容疑でのキリスト教徒の逮捕が,現行の憲法や刑法の規定が宗教の自由を大幅に制限する結果になることを実証したことを特に強調した。

2016年を通して,米大使と大使館員は,訪ネ米政府高官らとともに,ネパール政府高官や政治指導者らに対し,憲法や改正刑法案の規定が布教や改宗を含む宗教の自由を制限することにつき,憂慮の念を伝えた。米大使と大使館員は,政治指導者や政府幹部に対し,刑法改正最終案には処罰を心配せず自分の宗教を選択する権利をはじめとする宗教の自由を盛り込むことを要望した。米大使館員は,主要政党幹部とも会い,この要望を繰り返し伝えた。11月には,米国務省の近東および南・中央アジア宗教的少数派問題特別顧問がネパール政府幹部や議員らと会い,宗教的寛容を促進し,政府には改宗を犯罪としないよう働きかけることを要望した。

米国特別顧問は,宗教指導者らとも会い,宗教的少数派の宗教的諸権利に対する規制につき意見を交換した。米大使館員は,キリスト教諸団体と会い,改宗禁止の強行やヒンドゥー教政治家たちによるキリスト教社会への非難攻撃につき,意見を交換した。また大使館員は,カトマンズをはじめ国中の少数派宗教の地域代表らと定期的に会い,キリスト教徒が改宗を強制しているという糾弾につき,またキリスト教徒やイスラム教徒がそれぞれの宗教に基づく埋葬のための土地の取得に困っていることにつき,意見を交換した。大使館員は,ヒンドゥー教,仏教,イスラム教およびキリスト教の指導者らと会い,刑法改正案や改宗禁止の憲法規定の施行につき,意見を交換した。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

このように,米国は,ネパールに「宗教の自由」を宣べ伝えることに何の躊躇もない。「自由」の伝道は,新大陸アメリカ国家の「明白な使命(Manifesto Destiny)」なのだ。世界最強のアメリカには,格差の自覚なき「自由」は“強者の,強者による,強者のための権利”に堕してしまうことへの恐れはまるでない。

なお,蛇足ながら,ネパールのキリスト教徒が,ネパール国内に限定すれば少数派であり,弱者であることは言うまでもない。

*1 “International Religious Freedom Report 2016: Nepal,” US Department of State
*2 宣教投獄5年のおそれ,改正刑法
*3 キリスト教政党の台頭
*4 タルーのキリスト教改宗も急増
*5 キリスト教絵本配布事件,無罪判決
*6 改宗の自由の憲法保障,米大使館が働きかけ
*7 新憲法による初の宗教裁判
*8 改宗勧誘は禁錮5年,刑法改正案
*9 クリスマスを国民祭日から削除:内務省
*10 改宗勧奨: 英国大使のクリスマス・プレゼント

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/20 at 14:37

宣教投獄5年のおそれ,改正刑法

8月9日立法議会で可決された改正刑法には,いくつか重大な問題がある。強制失踪関係規定については前稿で触れたが,それ以上に大きく問題視されているのが,宗教に関する規定である。改正刑法が施行されると,宣教ないし改宗の働きかけ,いや解釈次第で信者らの礼拝それ自体ですら拘禁5ないし3年以下,罰金5ないし2万ルピー以下の刑に処せられる恐れがある。ヒンドゥー正統への揺り戻しの動きの一つと見てよいであろう。

1.2015年憲法の宣教禁止規定
現行2015年憲法は,ネパールを「世俗国家」と規定しながら,同時に他方では,「古来の宗教文化」に特別の権利を認めている。
————————————–
憲法第4条 ネパール国家
(1)ネパールは,・・・・世俗的な連邦民主共和国である。
 解釈:本条でいう「世俗的」は,古くから伝えられてきた宗教や文化を含む,宗教と文化の自由を意味する。
————————————–
この国家の根本規定を受け,第26条では,改宗を働きかける宣教活動を大幅に規制している。
————————————–
憲法第26条 宗教の自由への権利
(3)何人も,本条の定める権利[宗教の自由]の行使において,公共の健康・礼節・道徳に反する行為,公共の平和を損なう行為,または他者をある宗教から別の宗教に改宗させる行為,もしくは他者の宗教を損なう行為や行動を自ら行い,または他者に行わせることを,なしてはならない。そのような行為は,法により処罰される。
—————————————
宗教活動は,極秘のものを除けば,多かれ少なかれ宣教の意味をもつ可能性があるとすれば,上記の規定を根拠に,国家は宗教活動をいかようにでも規制できることになる。

2.改正刑法の宣教禁止規定
2015年憲法の規定に基づき,改正刑法は宣教活動を大幅に規制し,違反には重罰を科すことを定めている(以下の条文はCSW記事[*1]からの引用)。
————————————–
改正刑法第9部
第158条 (1)何人も,文章,声ないし会話,造形物ないしシンボル,または他の同様の方法により,いかなるカースト,民族または社会集団の宗教感情をも害してはならない。
(2)(1)に定める罪を犯した者は,2年以下の拘禁および2万ルピー以下の罰金の刑に処す。

第160条 (1)何人も他者の宗教を改めさせてはならないし,またそれを自ら試み,または他の者に教唆してはならない。
(2)何人も,あるカースト,民族または社会集団が古来信奉してきた宗教,信仰または信条を否定するような行為や行動を行ってはならないし,また他の宗教への改宗の目的をもって,もしくはその目的をもたなくとも,そうした宗教,信仰または信条を害してはならないし,また他の宗教や信仰を上記目的のいずれかをもって説いてはならない。
(3)(1)および(2)に定める罪を犯した者は,5年以下の拘禁および5万ルピー以下の罰金の刑に処す。
(4)(1)および(2)に定める罪を犯した者が外国人の場合,本条の定める刑の執行後,7日以内にネパール国外へ退去させるものとする。
————————————–
複雑・難解な文章だが,宣教ないし改宗の働きかけが広く禁止されていることは明らかである。

ネパールで活動しようとする宗教,とくにキリスト教諸派が,この改正刑法に危機感を募らせ,世界各地で反対運動を繰り広げ始めたのも,彼らの立場からすれば,至極もっともなことといえるであろう。

 
 ■議会での改宗勧誘禁止条項削除要求(Nepal Church.Com,8月10日)

*1 “NEPAL BILL CRIMINALISES RELIGIOUS CONVERSION,” Christian Solidarity Worldwide (CSW), 21 Aug 2017
*2 Anugrah Kuma, “Christians Fear Crackdown on Religion Under Evangelism Ban in Nepal,” Christian Post, Aug 28, 2017
*3 Surinder Kaur, “Evangelism to be made illegal under new Nepal law,” globalchristiannews.org, 31st August 2017
*4 Prakash Khadka, “Nepal criminalizes religious conversion under new law,” ucanews.com, September 5, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/12 at 21:54

カテゴリー: 宗教, 憲法, 人権

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強制失踪,脛に傷の体制エリート

8月30日は「強制失踪被害者の日(International Day of the Victims of Enforced Disappearances)」。ネパールでも,強制失踪者の家族や支援者らが,失踪事件の解明と被害家族の救済を訴えた。

 

1.強制失踪防止条約
「強制失踪」とは,国家機関等が不法に人の自由を奪い,強制的に失踪(行方不明に)させること。国連は,このような行為を「強制失踪犯罪」と定め,それを処罰するため,「強制失踪防止条約」を採択した(総会採択2006年,条約発効2010年)。

この条約は,締約国に次のことを義務づけている。
 ・強制失踪は「人道犯罪」であり,刑法で「犯罪」と規定すること。
 ・強制失踪を調査し,責任者を訴追すること。
 ・強制失踪申し立ての権利を保障し,速やかに当該の件につき調査すること。
 ・強制失踪調査機関に必要な権限と財源を付与すること。
 ・秘密拘禁の禁止。
 ・強制失踪の被害の回復。

強制失踪防止条約は現在,署名96か国,批准57か国。日本は2007年署名,2009年批准したが,ネパールは未署名。(米英ロ中なども未署名。)

2.人民戦争期の強制失踪
ネパールでは,人民戦争(1996-2006)において,死者約1万3千人のほかに,強制失踪者も千数百人だしている。(失踪の訴えは多数あり,実数はまだ不明。)

人民戦争は,王国政府とマオイストが国民を巻き込んで戦った内戦であり,強制失踪には交戦両当事者のいずれもが関与している。政府側(王国軍,武装警察,警察など)はマオイスト容疑で,逆にマオイスト(人民解放軍など)は反マオイスト容疑で,人々を連行し,多くの場合拷問を加え,おそらく殺害し,そのまま行方不明にしてしまった。強制失踪である。

現在,「強制失踪者調査委員会(CIEDP: Commission for the Investigation of Enforced Disappeared Persons)」(後述)には,強制失踪の訴えが2870件だされているという。このうちバルディア284件,ダン124件,バンケ121件。

バルディアが最多だが,ここには王国軍のチサパニ基地があり,ここが反政府派の取り調べに利用された。連行されてきた人々の大半がタルー族の若者で,拷問され殺害されたとされるが,詳細不明。これに対し,マオイスト側もバルディアで十数名を連行,行方不明にしてしまったとされる。まさしく強制失踪の応酬,こうしたことが人民戦争期には極西部,中西部を中心に全国各地で行われたのである。

3.強制失踪者調査委員会の機能不全
強制失踪については,「包括和平協定」(2006年11月)でも「2007年暫定憲法」(33(q)条)でも解決への努力が規定されていた。そして2014年には,「失踪者調査および真実和解委員会法」が制定され,これに基づき2015年2月には「強制失踪者調査委員会(CIEDP)」と「真実和解委員会(TRC)」が設立された。両委員会の任期は当初2017年2月10日までだったが,1年延期され2018年2月10日までとなっている。

しかし,CIEDPやTRCが設立されても,強制失踪問題への取り組みは,一向にはかどらなかった。人民戦争を戦い強制失踪に何らかの形で関与したとされる政府側とマオイスト側の幹部が,ほとんどそのまま和平後新体制の中枢にいる。したがって,強制失踪の解明を進めると,責任追及が彼ら自身にまで及びかねない。そのため,CIEDPやTRCには権限も予算も十分には与えられず,委員会の政治的独立も十分には保障されていない。強制失踪の解明が進まなかったのは,当然といえよう。

 ■CIEPD / TRC

4.新聞各紙の強制失踪問題報道
ネパール各紙も,この状況を次のように批判している。

「彼らはどこに?」ネパリタイムズ,8月29日(*1)
強制失踪者調査委員会(CIEDP)は,任期あと半年のため,任期再延長を求めているが,犠牲者家族はCIEDPには失望してしまっている。「いまや政府は,われわれの家族の拘束・拉致を命令した人々により動かされている。政府に従っているだけのCIEDPには何の期待もできない」(失踪者家族全国ネット議長ラム・バンダリ)。調査できないなら,委員は辞職せよ。

「正義の失踪」ネパリタイムズ,9月1日(*2)
強制失踪は,革命や反乱鎮圧を名目として行われた犯罪である。ところが,当時首相だったデウバ[首相在職1995-97, 2001-02, 2004-5, 2017-]やマオイスト党首のプラチャンダ[首相在職2008-09, 2016-17]が,いまや政府を率いており,ともに相手の罪を水に流そうとしている。

CIEPDとTRCには,彼らの息のかかった人物が送り込まれている。「任命された彼らの仕事は,調査を失速させ,指導者らを免罪にすることだけだった。」最高裁が有罪としたケースですら,TRCは無罪とした。「これら2委員会は,正義を実現する政治的意思をもたず,したがって当然,任期延長の理由もない。」

RK・バンダリ「失踪」カトマンズポスト,8月30日(*3)
「CIEDPは真実と正義を追求する政治的意思を持たず,もっぱら政治的利害に奉仕する弱々しい機関のようだ。・・・・この2年半,委員会は公平な犠牲者調査を怠ってきた。委員の大半が政党により忠実な代理人として任命された事実をみれば,これはなにも驚くべきことではない。」

「足跡もなく」カトマンズポスト社説,9月1日(*4)
「強制失踪は重大な人権侵害であり,国際法では犯罪とされている。ネパールは,この犯罪の重大さを認識し,それに見合う刑罰を定めねばならない。ネパールの移行期正義の問題点の一つは,まさにそれを定めた法がないことにある。・・・・」

「CIEDPとTRCが設立されて3年が過ぎようというのに,重大な人権侵害や虐待の犠牲者たちに正義はまだもたらされていない。ネパールの移行期正義は,制度的にも運用においても,国際基準にははるかに及ばない。」

「いまネパールでは,強制失踪を犯罪と定める法案が準備されている。・・・・しかし,この法案には欠陥があり,国際基準にははるかに及ばない。ネパールには,強制失踪に関する明確な国法がぜひとも必要である。」

5.改正刑法の強制失踪罪
ネパール政府は,強制失踪被害者の要求や国際社会からの圧力を受け,刑法(ムルキアインの刑法部分)を改正し,そこに強制失踪を犯罪とする規定を組み込むことにした。改正刑法案は8月9日,立法議会で可決され,あとは大統領の署名を待つだけとなっている。

この改正刑法の正文はまだ見ていないが,報道によれば,強制失踪に関する規定は不十分で,国際基準にも2007年の最高裁判決にもはるかに及ばないものだという。もしそうだとすると,皮肉にも,強制失踪が現体制にとっていかに敏感な問題かを,改正刑法が如実に物語っているとみてよいであろう。

(注)刑法改正について
8月の刑法改正では,強制失踪のほかに,チャウパディ(生理中女性隔離),ダウリー(持参金),奴隷労働,環境汚染などが犯罪として規定された。また,人身売買,重婚,強制結婚,レイプ,結婚年齢20歳以上,ハイジャック,ジェノサイドなどについても規定された。大幅な改正であり,特にチャウパディ禁止が注目された結果,皮肉にも,強制失踪規定からは目が逸らされる結果となってしまった。

*1 Om Astha Rai, “Where are they?,” Nepali Times, 29 Aug 2017
*2 “Disappearance of justice,” Editorial, Nepali Times, 1-7 Sep, 2017
*3 Ram Kumar Bhandari, “The disappeared,” Kathmandu Post, 30 Aug 2017
*4 “Without a trace,” Editorial, Kathmandu Post, 1 Sep 2017
*5 Om Astha Rai, “Toothless commission,” Nepali Times, 23-29 Aug 2016
*6 Nepal’s Transitional Justice Process, ICJ, August 2017
*7 “Nepal’s transitional justice mechanisms have failed to ensure justice for victims: ICJ,” Kathmandu Post, 8 Aug 2017
*8 Profile of Disappeared Persons, INSEC, 2011
*9 Ashok Dahal, “Landmark legal reform bills passed,” Republica, 10 Aug 2017
*10 “Criminal code passed, Chhaupadi criminalized,” Republica, 9 Aug 2017Nepal
*11 真実和解委員会の構成と機能(4)
*12 真実和解委員会任期,最高裁判決無視し1年延長

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/11 at 15:25

カテゴリー: マオイスト, 人権, 人民戦争

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ネパールの国際空港,二つとも中国企業が建設

1.ポカラ国際空港
ポカラ国際空港の起工式が8月2日,催行された。新空港は2500m滑走路を備え,ボーイング757,エアバス320クラスが離着陸できる。2021年7月完成予定。

中国輸出入銀行が2億2千万ドル融資。全融資額の25%が無利子,75%が年2%の利子で,期限20年。空港工事も,中国のCAMCエンジニアリングが2014年5月,受注している。

 
■ポカラ国際空港建設予定地(右下)/CAMLエンジニアリング

2.ゴータマ・ブッダ国際空港
ゴータマ・ブッダ国際空港は,既存のバイラワ空港を拡張し国際空港に格上げするもの。2017年12月完成予定であった。

この工事は2014年10月,中国のNorthwest Civil Aviation Airport Constructionが受注し,2015年6月15日に工事を開始したが,地震や経済封鎖があったため工事が遅延し,開港予定は2018年6月に延期されていた。

ところが,ここにきてまた別の問題が生じた。建設元受けの中国企業が,ネパール政府に無断でネパール企業と下請け契約を結び工事をさせていたが,代金の支払いをめぐって争いとなり,この春から工事が止まってしまった。そのため2018年6月の開港も危ぶまれている。

■ゴータマ・ブッダ空港FB

3.元気な中国企業
中国企業のネパールでの仕事は,カトマンズの道路建設のように,信じられないほど荒っぽいものが目に付く。ブッダ空港のトラブルも,地元政治家の介入があったにせよ,中国企業の大雑把な事業の進め方にそのそもの原因があるのだろう。別の会社だが,ポカラ国際空港の建設工事の方も気がかりだ。

しかし,それはそれとして,社会の現状との適合性という点では,大きく見ると,中国企業のようなやり方の方が,いまのネパールには案外適しているのかもしれない。

これと対照的に,日本企業は日本流に固執しすぎてきたような気がする。たとえば,タパタリのバグマティ川に架かっている橋は,日本企業が建設したものだが,竣工当時,あまりにも立派・豪華で,本当にこんなものが必要かなぁ,と疑問に思ったものだ。橋の手前の複雑精緻を極める交通信号システムもしかり。

これから先当分は,ネパールでは,多少のゴタゴタはものともせず,蛮勇をもって前進する中国企業がますます事業を拡大していくであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/01 at 18:54

カテゴリー: ネパール, 経済, 旅行, 中国

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