ネパール評論

ネパール研究会

Archive for 8月 2016

「ヒマール」休刊と「オープンソサエティ」とのかかわり

「ヒマール(Himal Southasian)」が休刊に追い込まれた大きな理由の一つは,同誌刊行の「南アジア財団(South Asia Trust)」への「オープンソサエティ財団(Open Society Foundation)」からの助成金だ,とされている。たとえば,「ヒマール」寄稿者の一人でインドのジャーナリスト,A・チョーダリは,次のように説明している(*1)。(参照:「ヒマール」休刊,体制右派の圧力か?

彼によれば,南アジア財団が8月24付声明で休刊理由の一つとして挙げている海外からの送金の未承認は,具体的にはオープンソサエティ財団からの助成金2016年2月~2017年2月分である(金額不明)。彼に対し,「ヒマール」編集長A.モジュンダル(Mojumdar)はこう語った。

「この助成金を承認しない正式の理由説明はなかった。・・・・しかし,上からの圧力があった,と非公式に告げられた。」

編集長は,未承認の理由の説明を繰り返し求めたが,関係当局は,口頭での応答に終始し,文書による回答は一切拒否してきたという。

これは,外国人スタッフの扱いについても,同じこと。昨年(2015年)まで何の問題もなく労働ビザが更新できていたのに,2016年1月からは,情報省の推薦状があるスタッフのビザ更新さえされなくなった。正式な拒否通告はなく,手続きは棚上げのままだという。

以上は,「ヒマール」編集長がチョーダリに話したとされる状況説明だが,内容は具体的であり,信ぴょう性は高い。休刊の主な理由は,おそらくそのようなことであろう。

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 ■チョーダリTwitter8月29日/オープンソサエティHP

「ヒマール」を発行する「南アジア財団」については,海外諸機関との関係が,これまでにも問題にされてきた。チョーダリによれば,2014年4月には,ノルウェー大使館からの6千万ルピーの助成金につき,マオイストが問題にしたという。(これは同大使館とカナクマニ・デクシトの釈明で決着。)これに対し,今回は,オープンソサエティ財団との関係。かなり,厄介だ。

オープンソサエティ財団(Open Society Foundation, Open Society Institute)は,ジョージ・ソロスが創設した財団で,世界各地の慈善活動や人権・民主主義運動に巨額の資金援助をしている。ネパールでも,海外留学奨学金,NGO助成,人権・民主化支援など,さまざまな事業を行っている。

イデオロギー的には,オープンソサエティ財団は,その名称からすぐ想像できるように,カール・ポパー(Karl Popper)『開かれた社会とその敵たち』(1945年)にごく近い。「開かれた社会」支援事業のための財団なのだ。その一方,CIAとの関係もウワサされ,おそらくそうだろうが,こればかりはよくわからない。

いずれにせよ,オープンソサエティ財団がそのようなものなら,財団のネパールでの活動を快く思わない勢力がネパール国内にも近隣諸国にもいることは,想像に難くない。

「ヒマール」休刊に限らず,ネパールにおけるこの種の問題は,ほぼ例外なく外国がらみ。ネパールにとって,内政は外交であり,外交は内政である。そこが難しい。

【参照】
*1 Abhishek Choudhary , “Why Did Nepal Shut Down Himal?,” Aug 29, 2016 (http://www.newslaundry.com/2016/08/29/why-did-nepal-shut-down-himal/)
*2 HIMALSOUTHASIAN, “Himal Southasian to suspend publication,” 24 AUG 2016 (http://himalmag.com/himal-southasian-to-suspend-publication/)
*3 Yubaraj Ghimire, “Why Himal magazine was suspended in Nepal,” Indian Express, August 26, 2016
*4 「ヒマール」休刊,体制右派の圧力か?

【追加(8月30日)】
「開かれた社会(open society)の支柱が沈黙の餌食になるとき,本物の危機が生まれる。」(Bidushi Dhungel , “Sanctity of silence,” Nepali Times, 26 Aug – 1 Sep 2016 #823)
160830b■カナク・マニ・デクシトTwitter(8月30日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/30 at 11:37

「ヒマール」休刊,体制右派の圧力か?

「南アジア財団(Southasia Foundation)」が8月22日,高級誌『ヒマール南アジア(Himal Southasian)』(1987年創刊)の発行を2016年11月をもって休止する,と発表した(*1)。理由は,同誌発行に必要な政府諸機関の協力が得られなくなったこと。

「通知も説明もないなまま,ヒマールへの送金が7か月前から許されず,外国人スタッフの労働許可が出されず,外国寄稿者への支払い手続きも著しく遅れている。スタッフを削減し,これらや他の障害を克服しようと努力してきたが,結局,休刊しか選択肢はなくなった。」(*1)

「ヒマールは,直接的な攻撃やあからさまな検閲で沈黙させられるのではなく,官僚機構を利用して出版活動を困難にすることによって沈黙させられるのだ。」(*1)

このように,「南アジア財団」は,体制内の有力な勢力が非公然と政府諸機関を動かし,同財団や,その中心メンバーたるカナク・マニ・デクシトを攻撃しているとして,関係者を厳しく批判している。たしかに,この数年,彼らの保有資産やバス事業との関係などについて「調査」や「捜査」が繰り返され,この4月にはカナク・デクシトが逮捕勾留され,死の瀬戸際まで追いやられた。体制内のある勢力が彼らを狙って攻撃していると疑われても仕方あるまい。(*4-7)

むろん,以上は,「南アジア財団」やカナク・デクシトの側の言い分である。これに対しては,政府関係諸機関の側にも,当然,反論があるはずである。ところが,不思議なことに,関係諸機関は,彼らの職権行使につき,まったく,あるいは不十分にしか,これまでのところ説明をしていない。職権乱用調査委員会は,どのような根拠に基づき「調査」を続けてきたのか? あるいは,政府諸機関は,なぜ「南アジア財団」の出版事業に必要不可欠の諸手続きを拒否したり,引き延ばしたりしているのか?

政府は,権力行使の際,合理的な説明をしなければならない。とりわけ言論機関に対しては,明確な説明が必要不可欠だ。それをしないまま言論機関への介入がなされるなら,それは不当な言論弾圧と見ざるをえないだろう。

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*1 “Himal Southasian to suspend publication,” Himal Southasian, 24 Aug 2016
*2 Yubaraj Ghimire, “Why Himal magazine was suspended in Nepal,” Indian Express, Aug 26, 2016
*3 GAURAV VIVEK BHATNAGAR, “Nepali State Agencies Force Himal Magazine to Suspend Operations,” The Wire, 25/08/2016
*4 カナク・デクシト氏逮捕の事実経過:ヒマールメディア (2016/04/28)
*5 デクシト氏釈放を首相に要請,世界新聞協会 (2016/04/27)
*6 カナク・デクシト氏逮捕報道について:CIAA報道官 (2016/04/26)
*7 カナク・ディグジト氏,CIAAが逮捕 (2016/04/24)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/27 at 19:28

包摂トイレ,ネパール国連ビルに設置

国連開発計画(UNDP)ツイッター(8月24日)によれば,ネパール国連ビル内に初の「全ジェンダー用トイレ(All Gender Restroom)」が設置され,にぎにぎしく開所式が執り行われた。「このトイレは,ジェンダーの意識や外見にかかわりなく,だれでも使用できます。」

すべてのジェンダーとは,全ジェンダー包摂的ということ。つまり「包摂トイレ」の開設なのだ。さすが包摂民主主義を国是とするネパール!!

国連が誇らしげに宣伝するだけに,包摂トイレは最新・最先端であり,まだ呼称も確定していない。ここでは,とりあえず「包摂トイレ(inclusive toilet)」としておく。
[包摂トイレの呼称例]
Inclusive toilet
Gender-inclusive toilet
Gender-neutral toilet
Gender-open toilet
Unisex toilet

160825a160825c160825b■UNDPツイッター8月24日

1.欧米の包摂トイレ
包摂トイレは,ジェンダー意識の高まりとともに要望が強くなり,大学,公共施設,飲食店などに広まり始めた。

トイレが「男用」「女用」だけでは,LGBTなど男女以外の様々な性(ジェンダー)の人が安心して用を足すことが出来ない場合が少なくない。これは身近な切実な問題である。

そこで,英国では,トイレを「女」,「男」,「gender-neutral」「disabled」などと,いくつかに区別して設置し始めている(*2)。

アメリカでは,自分のジェンダーのトイレを使う権利が法的に認められ始めた。たとえば,「ニューヨーク市人権法(New York City Human Rights Law)によれば,人々は自分のアイデンティティに適合する単一性別トイレ(single-sex toilet)を使うことが出来る。」(*1)

大学では設置がかなり進んでいる。バーナード・カレッジは,「ジェンダー包摂トイレ」と表示し,「皆さんが誰でも安心して(in peace)おしっこできるようにしています」と広報した。(*1)

イリノイ州立大学では,「全ジェンダー・トイレ」と表示し,「誰でも,ジェンダー,ジェンダーのアイデンティティ,ジェンダーの外見にかかわりなく,このトイレを使用できます」と説明している。(*1)

街ではスターバックスが「全ジェンダー・トイレ」の設置を進めているし,ワシントンDCのあるレストランはトイレを「男用」「女用」「その他全員用」に区別しているという。(*1)

2.ネパールの包摂トイレ
ネパールでは,2007年に「第三の性」が公認され,そして2012年3月,ブルーダイヤモンド・ソサエティがネパールガンジに「gender-neutral toilet」を設置した。これがネパール初の包摂トイレとされている(*3)。

以後,バルディアなど何カ所かに包摂トイレが設置されたというが,私はまだ実物は見ていない(*4)。おそらく,いまのところそれほど普及はしておらず,だからこそUNDPが国連ビル内包摂トイレ設置をツイッターで宣伝することにもなったのだろう。

こうした動きに対しては,ネパールではトイレそのものさえまだ普及していないのに,といった批判の声が上がりそうだ。近代以前の無トイレ社会と,近代以後の包摂トイレ社会――この両極端の共存が,いかにもネパールらしい。

3.性の近代以前・近代・近代以後
欧米やネパールの「性とトイレ」論争を見ていると,近代以後が近代以前に先祖返りしているような気がしてならない。

現代のジェンダー闘争は,性アイデンティティの覚醒・強化,ジェンダーごとの権利獲得へと展開してきた。ジェンダー・アイデンティティ政治である。

ところが,ジェンダーは,LGBTなどというものの,実際には無数にある。そのそれぞれのジェンダーが,ジェンダー・アイデンティティをたてに権利要求を突き付ければ,社会は実際には維持できなくなってしまう。

トイレのような簡単な構造物ですら,ジェンダーごとの設置は困難。そのため,gender-neutral, gender-open, all-gender, unisexなどといったトイレを設置せざるを得なくなった。要するに,どのジェンダーであれ,このトイレでおしっこしてもよいですよ,ということ。これはトイレにおけるジェンダー識別の放棄に他ならない。

これは,近代化以前の日本の湯屋や温泉と,性の扱いにおいて,よく似ている。湯屋のことはよく知らないが,温泉は,つい最近まで東北や山陰には混浴がたくさんあった。いまでも山間部には残っているはずだ。私自身,そうした混浴温泉にいくつか入ったことがあるが,そこでは老若男女の差異にかかわりなく,皆ごく自然に温泉を楽しんでいた。

Gender-inclusive Onsen! これは,まちがいなく近代以前だが,少なくとも外見的には,近代以後が向かいつつあるところでもあるような気がしてならない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/26 at 16:23

大使選任手続き,最高裁が停止命令

プラチャンダ内閣が8月5日,すでにオリ内閣が4月19日候補者として閣議決定し,選任手続きを進めていた新任大使候補22名のうち,いわゆる「政治的」選考14候補の推薦を破棄した。これに対し,以下の4名が,プラチャンダ内閣の推薦破棄決定を不当とし,最高裁に破棄取り消しを求める訴えを出していた。
(原告)
 Yuvraj Karki == South Korea
 Shiv Maya Tumbahamphe == Israel
 Khadga Bahadur KC == Japan
 Narad Bhardwaj ==Sri Lanka
(理由)
 新任大使選任手続きは最終段階に入っており,外務省推薦7候補についてはすでに議会聴聞(ヒアリング)を完了している。ところが,他の候補については,直前になって議会聴聞が取り消された。これは公平の大原則に反する。

最高裁(スシラ・カルキ裁判長)は8月17日,この訴えにつき,プラチャンダ内閣に対し新たな選任手続きの停止命令と破棄理由提示命令(期限2週間以内)を言い渡した。最高裁は今日(8月24日),原告・被告双方の訴えを聞くことになっており,早ければそこで何らかの判断が示されることになるかもしれない。

また,これとは別に,他の3人の大使元候補も同趣旨の訴えを8月21日,最高裁に提出した。
 Niranjan Kumar Thapa == Myanmar(注:4月報道ではロシア)
 Khagendra Basnyat == Bangladesh
 Bharat Bahadur Rayamajhi == UAE
これら3人の訴えがどう扱われるかはまだ分からないが,いずれにせよ,日本を含む22か国において,新任ネパール大使の着任がかなり遅れることになるのは避けられそうにない状況である。

  160824■最高裁

【参照】
(1)新任大使アグレマン取得停止要請
(2)次期大使推薦予定,取り消し
(3)オリ内閣次期大使推薦閣議決定(Republica, 19 Apr)
Dubasu Chhetri(Britain), Khadga KC(Japan), Khagendra Basnet(Bangladesh), (Narad Bharadwaj(Sri Lanka), Tara Prasad Pokharel(Brazil), Ramesh Khanal(Germany), Jhabindra Aryal(Egypt), Padam Sundas(Bahrain), Ali Akhtar Mikrani( Saudi Arabia), Mahendra Singh(Qatar), Bharat Bahadur Rayamajhi(UAE), Lucky Sherpa(Australia), Sewa Adhikari(Pakistan), Yubraj Karki(South Korea), Niranjan Thapa(Russia), Yubanath Lamshal(Denmark), Prakash Subedi(Austria), Lok Bahadur Thapa( Belgium), Rishi Adhikari(Myanmar), Dr Mahendra Pandey(China), Shiva Maya Thumbahamphe(Israel)
(4) Ambassador nominees: Apex court’s show cause to govt, Kathmandu Post, Aug 18, 2016
(5) Decision to withdraw names of ambassadorial nominees stayed, The Himalayan Times, August 18, 2016
(6) Three ambassador nominees file writ at SC, Rato Pati, Aug 22, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/24 at 12:23

カテゴリー: 外交, 政治

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憲法への米介入,日本でもネパールでも

バイデン米副大統領が8月15日,ヒラリー・クリントン候補応援演説において,米国が日本の憲法を書いたと公言し,日本国民,とりわけ愛国護憲派を激怒させている。

“Does he[Trump] not understand we wrote Japan’s constitution to say they could not be a nuclear power? Where was he when – in school? Someone who lacks this judgment cannot be trusted.” (https://www.hillaryclinton.com/)

“Does he not realize we wrote the Japanese constitution so they could not own a nuclear weapon? Where was he in school? Someone who lacks this judgement cannot be trusted.(核武装を持てないように我々が日本の憲法を書いたことを、彼は知らないのではないか。彼は学校で習わなかったのか。トランプは判断力に欠けており、信用できない)” (http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2016/08/)

たしかに,あっけらかんとした身も蓋もない発言だが,これはつい口が滑った個人的なウッカリ発言ではなく,政治的に十分計算された,米政府の「半公式」の日本向け警告と見るべきだろう。米国の書いてやった憲法を勝手に改悪し,あるいは解釈改憲し,核武装するな,米政府は許さない,ということ。次期大統領本命のクリントン候補陣営が,ホームページに堂々とそのまま掲載し続けている事実をみれば,それは明白。

160820b■ヒラリー・クリントンHP(15 Aug 2016)

このことは,最近の在日米軍広報(FBなど)によっても,傍証される。たとえば,在日米軍司令部は8月12日,フェイスブックに,このような記事を掲載している。

「皆さんは、1947年施行の昭和憲法第9条が、日本の人々は国際紛争を解決する手段としての戦争を永遠に放棄すると規定していることをご存知でしたか?これは前例の無い優れた平和の声明です。相互協力及び安全保障条約は、日本とその政権下にある地域の防衛を含め、極東での安全と安定を維持することを米国に委任します。・・・・米国の存在と揺ぎ無い同盟による抑止力は、1960年以来、日本の平和と繁栄の基礎的要素となっています。
Did you know that Article IX of the 1947 Showa Constitution stipulates that the Japanese people would forever renounce war as a means of settling international disputes? This is a remarkable statement of peace without precedent by a modern power. The Treaty of Mutual Cooperation and Security commits the United States to maintaining security and stability in the Far East, to include the defense of Japan and territories under its administration. (….)the deterrence generated by the US presence and unwavering alliance commitment has been a foundational element of Japanese peace and prosperity since 1960.」(U.S. Forces Japan (在日米軍司令部FB, 12 Aug)

在日米軍も,「戦争を永遠に放棄すると規定している・・・・前例の無い優れた平和の声明」たる昭和憲法を守れ,と日本の政府と国民に要求しているのだ。

この在日米軍司令部FB記事は,バイデン副大統領発言とニュアンスは異なれ基本的には同趣旨。日本の憲法問題への米政府の政治的介入なのだ。

160820a■在日米軍司令部FB

これに対し,米政府のネパールの憲法問題への介入は,はるかに露骨な直接的介入である。これについては,すでに紹介したので,ご覧いただきたい。
 ⇒⇒改宗の自由の憲法保障,米大使館が働きかけ

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/20 at 08:54

カテゴリー: 軍事, 平和, 憲法

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戦時犯罪裁判要求,プラチャンダ首相の覚悟は?(3)

3.父母のハンスト闘争
(1)ハンスト闘争へ
クリシュナを虐殺されたアディカリ一家は,警察に捜査を求め,容疑者を告発していった。主な容疑者は,後日告発も含め,以下の通り(*3,*20)。
 Chhabilal Poudel, 55, Fujel, Gorkha
 Januka Poudel(マオイスト女性リーダーでバブラム・バタライの妻ヒシラ・ヤミの側近)
 Meghnath Poudel, 57, Fujel, Gorkha
 Bishnu Tiwari, 40, Fujel, Gorkha
 Subhadra Tiwari, 48, Fujel, Gorkha
 Sita Adhikary, 30, Fujel, Gorkha
 Kali Prasad Adhikary, 50, Fujel, Gorkha
 Himlal Adhikary, 34, Fujel, Gorkha (Kali’s son)
 Ram Prasad Adhikary, 27, Fujel, Gorkha (Kali’s son)
 Ram Prasad Adhikary, 30, Fujel, Gorkha
 Bhimsen Poudel, 30, Ratnanagar Municiplaity, Chitwan
 Parashuram Poudel a.k.a. Ajib, 35, Bharatpur Municipality
 Baburam Adhikari
 Shiva Prasad Adhikari
 Rudra Acharya(英国在住)

政府は,父母の訴えを受け捜査に着手したものの,進展はせず,結論はずるずる先延ばしにされた。それどころか,マオイスト議長のプラチャンダが首相になると(在職2008年8月15日‐2009年5月4日),紛争関係被害の訴えをすべて棄却させてしまった(*2,*3)。また,後日首相(在職2011年8月29日‐2013年3月14日)になるバブラム・バタライも,捜査や裁判に繰り返し介入し圧力をかけた(*5,*6)。

そこで父母は2013年1月,カトマンズに移り,首相官邸前で息子殺害犯の裁判を求め,ハンストを始めた(当時の首相はバブラム・バタライ)。これに対し,政府は警察を動員し,父母を署に連行,拘置した。しかし,何回排除されてもハンストをやめないので,警察は父母を無理やりジープに乗せ,ゴルカに連れ戻した。あるいは,2013年6月には父母を精神病院に強制入院させたが,医師は異常なしと診断,40日後,父母は退院した(*2,*5)。

この間,マオイスト中央執行委員会は,政府に対し「真実和解委員会」の設置を要求し,紛争時諸事件を蒸し返すのは「包括和平協定」に違反すると非難した。またプラチャンダは,政府がクリシュナ虐殺事件を利用しプラチャンダとバブラムを逮捕しようとしているとして,政府を攻撃したという(*2)。

▼Sam Zarifi(ICJ) 「アディカリ夫婦は,マオイストや政府部隊の暴力行為による被害の救済を求める何千人もの人々の象徴である。」(*6)

(2)父のハンスト死
このようにして父母は不屈のハンスト闘争を繰り返してきたが,2014年9月22日,父ナンダが11か月に及ぶハンストの末,骨と皮になり,ビル病院で衰弱死した。52歳。

父ナンダのこのハンスト死は,衝撃的であった。
▼Brad Adams(Human Rights Watch’s Asia Division) 「ナンダ・プラサド・アディカリの死は,ネパールの紛争期犯罪に対する和解や補償の取り組みの欠陥を明るみに出した。」(*6)
▼カナク・マニ・デグジト 「われわれは,ナンダ・プラサドの命を救うため出来る限りの努力をした。彼は,正義を求めて闘い,そして命を失ったのだ。」(*4)
▼Damakant Jayshi  「ナンダ・プラサド・アディカリは,2004年にマオイストに虐殺されたとされる息子のため裁判を求め,決死のハンストを断行し,死んだのではない。かれは,過去を葬り去ろうとする非情な国家と諸政党により虐殺されたのである。」(*5)

(3)母のハンスト闘争
母ガンガは,父(夫)ナンダがハンスト死しても,正義への訴えを決してあきらめなかった。ガンガは,息子殺害責任者が法により裁かれ正義が実現するまでは葬儀はできないとして,父ナンダの遺体の引き取りを拒否,そのため遺体はいまでもビル病院遺体安置所にそのまま保管されている。

2014年10月,母ガンガは政府と10項目合意を取り交わし,息子殺害事件の捜査促進を約束させた。その結果,2015年12月には,最高裁がチトワン郡の関係機関に容疑者の取り調べを命令した。

しかしながら,政府や関係諸機関は,またしても実際には捜査・取り調べに真剣に取り組まず,はぐらかし,先送りを始めた。

そこで母ガンガは,再び首相に就任したプラチャンダ首相(マオイスト)にたいし,息子殺害責任者の裁判の実現を求め,2016年8月11日から,6回目のハンストに入ったのである(*27)。

今回の母ガンガのハンストは,先述のように,水も食塩水も拒否する文字通りの決死のハンストである。残された時間は長くはない。

160819■ハンスト中のガンガ:8月11日(INSECOnline)

4.移行期正義の試練
プラチャンダ首相は,母ガンガの突きつける移行期正義の問題から,今度こそ目を逸らすことができないかもしれない。

移行期正義は,プラチャンダ首相自身にとっても,極めて微妙な難しい問題である。政権交代に至るこの数か月,連立相手をUMLからNCに乗り換えようとしていたマオイストに対し,UMLは,プラチャンダや他のマオイストを戦時犯罪容疑で逮捕投獄する策を練っていたとされる(*27)。真偽は定かではないが,以前にも同じような謀略はあったのであり,まったく根も葉もない話ではない。

このように,母ガンガがいま突きつけている移行期正義は,プラチャンダ首相自身の政治生命にもかかわりかねない重要問題である。プラチャンダ首相は,就任早々,大きな試練に直面しているといえよう。

[2013]
*1 Killers Roam Free in Nepal, http://www.ipsnews.net/2013/09/
*2 KRISHNA ADHIKARI, Advocacy Forum[AF], Sep. 2013
[[2014]
*3 Death of justice, Nepali Times, September 22nd, 2014
*4 NANDA PRASAD ADHIKARI: Justice Denied, After 329 days of hunger strike, Nanda Prasad Adhikari died at Bir Hospital, Spotlight, Vol: 08 No. 8 September. 26- 2014
*5 The sad saga of the Adhikari family, It was murder, not a fast-unto-death, Nepali Times 26 Sep – 2 Oct 2014 #726
*6 Nepal: Adhikari Death Highlights Injustice; Investigate, Prosecute Conflict-Era Crimes, https://www.hrw.org/news/2014/09/26/nepal-adhikari-death-highlights-injustice
*7 Govt urges Ganga Maya to end hunger strike, Ekantipur, Oct 15, 2014
*8 The Resident Coordinator of the United Nations in Nepal, Jamie McGoldrick expressed his concern for the life of Ganga Maya Adhikari, Press Statement–16 October 2014, UNITED NATIONS
*9 Gana Maya ends hunger strike, Ekantipur Report, Oct 18, 2014
[2015]
*10 Ganga Maya gets Rs 2m in relief, Kathmandu Post, Feb 16, 2015
*11 Govt to release relief fund to Ganga Maya, Kathmandu Post, Mar 9, 2015
*12 Save Ganga Maya’s life: Rights activists, The Himalayan Times, June 16, 2015
*13 Ganga Maya files RTI application at Nepal Police Headquarters, The Himalayan Times, June 17, 2015
*14 Address Ganga Maya’s demand: Rights activists, The Himalayan Times, June 22, 2015
*15 Nepal Police replies to Ganga Maya Adhikari, The Himalayan Times, June 27, 2015
*16 Adhikari murder case in apex court, Kathmandu Post, Jul 3, 2015
*17 INSEC: Supreme Court orders judicial remand for accused murderer of Krishna Adhikari, Dec 21 2015, https://nepalmonitor.org/reports/view/8622
[2016]
*18 12 human rights activists briefly detained, The Himalayan Times, February 19, 2016
*19 She believes that Chabilal Paudel is under protection of the Home Minister himself, http://www.southasia.com.au/2016/03/03/
*20 NEPAL: State silence on Ganga Maya Adhikari screams murder (Press Release: Asian Human Rights Commission), Saturday, 9 July 2016
*21 Ganga Maya’s wait for justice continues, The Himalayan Times, July 18, 2016
*22 Ganga Maya Adhikari serves 5-day ultimatum to Dahal govt, warns of hunger strike, The Himalayan Times, August 05, 2016
*23 PARLIAMENTARY PANEL VISITS GANGA MAYA, REPUBLICA, 08 Apr 2016
*24 Ganga Maya Adhikari begins fast-unto-death again, The Himalayan Times, August 11, 2016
*25 INSEC news, August 11, 2016
*26 Gangamaya resumes fast-onto-death; keeps herself away from saline, medicine, Kathmandu Post, Aug 11, 2016
*27 Do or die, Nepali Times, August 12th, 2016
*28 Activists continue Save Ganga Maya campaign, The Himalayan Times, August 15, 2016
*29 NHRC asks govt to address Ganga Maya’s demands, Kathmandu Post, Aug 15, 2016
*30 No govt support for probing conflict-era cases: TRC chair, Republica, August 15, 2016
*31 A conflict-era ‘bourgeois’ teacher victim, Republica, August 15, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/19 at 09:54

戦時犯罪裁判要求,プラチャンダ首相の覚悟は?(2)

2.クリシュナ・プラサド・アディカリ虐殺事件
母ガンガ・マヤ・アディカリの息子クリシュナ・プラサドは,父ナンダ・プラサドら家族とともに,ゴルカ郡プジェルに住んでいた。

ところが,2004年6月6日(4日?),チトワン郡バクラハル・チョークでクリシュナが殺されているのが発見された。SLCを終えチトワンの親戚を訪れた彼を,マオイストが警察スパイと疑い,拉致して暴行し,バイクにロープでつないで引き回し,バクラハル・チョークの木の幹に縛り付け,銃撃して殺したとされる(*2)。あるいは,マオイストがクリシュナを警察スパイと疑い,ゴルカからチトワンに連行して虐殺した,という報道もある(*3)。

しかしながら,父ナンダは,息子殺害には別の理由があったと考える。そのころ,ナンダ一家は所有地をめぐり親戚と争っていた。この親戚は,マオイスト支配下の「村政府」にナンダを訴えており,これが息子殺害の背後にある,より深い理由だというのである(*5)。

2004年6月のクリシュナ虐殺事件の大枠が,もし以上のようなものなら,これは人民戦争期の戦時犯罪の典型と見ることが出来る。
 (1)ゴルカは,マオイストのナンバーツーの実力者だったバブラム・バタライの地元であり,人民戦争の中心地のひとつ。
 (2)チトワンは,マオイスト指導者プラチャンダの地元であり,襲撃や紛争多発。
 (3)私的な財産争いとマオイスト政治闘争との連動。あるいは,私的な財産争いにマオイストを利用,またはマオイストが私的な財産争いに介入し利用。

クリシュナ・アディカリは,プラチャンダの地元チトワンで「警察スパイ」として「処刑」され,残された家族はバブラムの地元ゴルカでマオイストの敵とみなされ,糾弾され始めた。皆殺しの脅迫さえあったという(*3)。

160818 ■ゴルカとチトワン(○印)(Google)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/18 at 10:57

戦時犯罪裁判要求,プラチャンダ首相の覚悟は?(1)

人民戦争(1996-2006)においては,政府とマオイストが,双方の戦闘員だけでなく,関係者や一般住民に対しても,さまざまな人権侵害を繰り返した。拷問,虐殺,性的暴行,拉致,強制失踪,財産強奪など。これらの戦時犯罪をどう裁き,被害をどう償うかが,この8月4日発足のコングレス=マオイスト連立政権にとって,とりわけプラチャンダ首相(マオイスト)にとっては,もはや先送りできない重要課題として急浮上してきた。

1.法的正義のための決死のハンスト: ガンガ・マヤ・アディカリ
直接のきっかけは,人民戦争末期の2004年に息子を殺害されたガンガ・マヤ・アディカリさんの訴え。ガンガさんは,夫とともに,息子殺害容疑者の取り調べと裁判(法的正義実現)を政府関係機関に繰り返し求めてきたが,そのつど容疑者側に妨害され,いまだ十分な捜査も裁判も行われていない。

そこでガンガさんは,8月4日就任のプラチャンダ首相に対し,息子殺害事件の裁判につき,8月11日までに政府としての回答を出すことを要求したのである。

このガンガさんの要求に対して,プラチャンダ首相は満足できる対応をしなかった。そこでガンガさんは,要求実現まで一滴の水も食塩水も摂らないと宣言し,文字通りの決死のハンストに入った。

法的正義を求めるガンガさんのハンストは,大きな共感を呼び,人権活動家らが支援活動を繰り広げ,8月14日には首相官邸前の座り込みを警察が強制排除する事態となっている。

ガンガさんは,数年にわたり夫とともにハンストを繰り返してきた。夫は2014年9月,ハンストでやつれ,骨と皮になり,死亡した。今回のガンガさんのハンストも,決死の覚悟。関係者にとって,もはや言い逃れ,先送りは許されないだろう。プラチャンダ首相の覚悟が試されている。

▼NHRCのガンガ支援アピール(同FB,8月15日)
160816

*“Activists continue Save Ganga Maya campaign,” Himalayan Times, August 15, 2016
*”NHRC asks govt to address Ganga Maya’s demands,” Kathmandu Post, 15-08-2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/16 at 11:07

改宗の自由の憲法保障,米大使館が働きかけ

アメリカ国務省が8月10日,「宗教の自由報告2015」を発表した。その中には,ネパールに関する重要な報告も含まれている。
 ▼“International Religious Freedom Report for 2015,” Bureau of Democracy, Human Rights and Labor, U.S. Department of State.

   160812■「報告」公告(米大使館FB)

この「報告」が,ネパールについて特に問題にしているのが,宗教に関する憲法規定。表現は抑制されているが,内容的には驚くべき事実が,そこには記述されている。核心部分は以下の通り。

「憲法起草過程を通して,米国大使,公使および大使館員は,刑事罰の恐れなき改宗の権利を含む完全な宗教的自由を憲法で保障するよう,ネパール政府高官らに対し,繰り返し強く要請した。米大使と大使館員は,ヒンドゥー教,仏教,イスラム教およびキリスト教の指導者らとも会い,憲法草案に対する彼らの考えを尋ねた。

また大使館員は,カトマンズや他の地域の少数派宗教の地域代表らとも会い,キリスト教徒やイスラム教徒が直面している諸問題につき,話し合った。そこでは,キリスト教徒が改宗を強要しているとするメディアや地域社会による糾弾,キリスト教徒やイスラム教徒の墓地取得が困難なこと,改宗禁止強行実施への懸念,そしてヒンドゥー教国家主義者によりキリスト教諸集団の社会的調和が乱される恐れ,につき議論した。」

ネパール憲法には,たしかに,この「報告」が指摘するような諸問題があることは事実だ。それはそうだが,だからといって独立国家の憲法問題につき,外国が大使や大使館員を動員し,もろに圧力をかけるのはいかがなものか? 内政干渉ではないか?

「報告」は,イスラム教や他の少数派宗教にも言及しているが,全体としてみると,アメリカが政府として,キリスト教のために,布教の権利や改宗の自由をネパールに対して要求している,という印象を禁じえない。

イギリス大使は,自ら改宗の権利の憲法保障を要求し,大問題になると,さっさと辞任し,帰国した。アメリカは,この「報告」が問題にされたら,どうするのだろう?

【参照】
(1)改宗勧奨: 英国大使のクリスマス・プレゼント
(2)「改宗の権利」勧告英大使,辞任
(3)宗教問題への「不介入」,独大使
(4)”Statement on the Promulgation of Nepal’s Constitution” (By John Kirby, Department of State Spokesperson, September 22, 2015)
 The United States congratulates the people of Nepal on their steadfast commitment to democracy. The promulgation of the constitution is an important milestone in Nepal’s democratic journey. The government must continue efforts to accommodate the views of all Nepalis and ensure that the constitution embraces measures consistent with globally accepted norms and principles, including gender equality, religious freedom, and the right to citizenship. ……(http://nepal.usembassy.gov/pr-09-22-2015.html)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/12 at 08:55

カテゴリー: 宗教, 憲法

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ガディマイ祭動物供犠,最高裁禁止命令

ネパール最高裁は8月4日,ガディマイ祭での動物供犠を禁止する適切な措置をとるよう政府に命令した。(参照:ガディマイ祭

ガディマイ祭では世界最大の動物供犠が行われ,これに対し欧米の動物人権擁護主義者らが,反人道的として,激しい反対運動を繰り広げてきた。牛や羊や豚や鶏をたらふく食いつつ,ネパールの動物供犠は残虐だと非難攻撃する。(欧米の屠殺は「人道的」であり「動物の人権」を尊重しているのだそうだ。)

ガディマイ祭には,たしかに不衛生や商業化など,改めるべき点は多々ある。が,それはそれとして,動物供犠そのものは,他の生命を食べて生きざるをえない人間の,人間的にしてあまりにも人間的な,したがって神聖な儀式であり,欧米の似非人道主義的な,手前勝手な攻撃にひるみ,安易にやめることはない。

祈りのネパール――その原点は動物供犠に見られる生命への畏れにあるのではないか。

141126c 141106c
* “SC order against Gadhimai sacrifice,” Kathmandu Post, 4 Aug.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/11 at 08:45

カテゴリー: 宗教, 文化

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